元日は1月1日のことだから、当然「その日の朝」も含まれている。一方、元旦は元日の朝と認識されているが、1月1日という意味もある。一般用語しての元日と元旦は、ほとんど違いがないと言えよう。しかし現代の俳句では、元日が「その一日」、元旦が「その日の朝」と使い分けられているようだ。元朝、大旦などは、「元日の朝」として意味ははっきりしている。
元日や神代のことも思(おもわ)るる 荒木田守武
元朝の見るものにせん富士の山 山崎宗鑑
(訳)富士山はすばらしい。富士はやっぱり元日の朝に見るものだ。
僧はたたく春敲(しゅんこう)門や日の始め 井原西鶴
(注)「鳥は宿す池中の樹 僧は敲(たた)く月下の門」(賈島)を踏まえる。
元日やおもへば淋し秋の暮 松尾芭蕉
(注)秋を思ったのは元日の華やかさのためか、静けさのためか。二通りの解釈がある。
元日は田ごとの日こそこひしけれ 松尾芭蕉
元日やこがねの鞍に馬白し 河合曽良
元日や家に譲りの太刀佩(は)かん 向井去来
(注)元日の儀式として伝家の刀を身につけよう、の意味。去来は武芸に優れていた。
元日や晴れて雀のものがたり 服部嵐雪
(訳)晴れ渡った元日になった。雀たちもうれしそうにしゃべり合っているぞ。
元日ややうやううごく紙鳶(いかのぼり) 服部嵐雪
元日やされば野川の水の音 小西来山
(訳)元日である。だからこそ野川の水音も何か新しいように聞こえて来るのだ。
元日やひとり女郎の売残り 小西来山
元日や関東衆の国ことば 森川許六
元朝やそろそろ明けて何小紋 森川許六
元日やふくべの艶をなぶりけり 岩田涼菟
元日の炭売十の指黒し 宝井其角
大旦むかし吹きにし松の風 上島鬼貫
ほんのりとほのや元日なりにけり 上島鬼貫
元日やたたみの上に米俵 立花北枝
元日も旅人を見る大路かな 水間沾徳
元日や我つつ立ちて峰の長(おさ) 志太野坡
隙なもの箒と我と年の朝 横井也有
松竹や世にほめらるる日の始 加賀千代女
元日の居ごころや世にふる畳 炭太祇
(注)世に古ると古畳をかけている。
歳旦をしたり顔なる俳諧師 与謝蕪村
元日二日京のすみずみ霞みけり 与謝蕪村
元日や雨に美人の高鼾(いびき) 大島蓼太
元日や動かぬ歯朶(しだ)の影ぼうし 大島蓼太
元日やうぐひすもなかでしづかなり 大伴大江丸
元日やしらぬながらに公家のまね 大伴大江丸
元日や此心にて世に居たし 高桑闌更
元日や松静かなる東山 高桑闌更
元日と思ひの儘(まま)の朝寝哉 高桑闌更
元日や草の戸越の麦畠 黒柳召波
(注)「草の戸」は草でつくった庵の戸。簡素な住居、くさむら、などの意味もある。
元日や野分の跡の朝日の出 竹阿
元日や暗きより人あらはるる 加藤暁台
ふり袖のやまとに長し日の始 加藤暁台
(訳)元日に振り袖の女性が目立つ。あの袖の長さは日本独特のものだなぁ。
元日や今までしらぬ朝朗(あさぼらけ) 蝶夢
元日や大樹のもとの人ごころ 加舎白雄
元日や手をつかへたる宿の妻 高井几董
元日の底の見ゆるや五十鈴川 田川鳳朗
元日の日のさす眉のあはひかな 田川鳳朗
(注)あはひは間(あわい)。
元日や峰をさだむる東山 成田蒼虬
元日や上々吉の浅黄空 小林一茶
さりながら道の悪さよ日の始 小林一茶
元日にかはいや遍路門に立つ 小林一茶
家なしも江戸の元日したりけり 小林一茶
古郷や馬も元日いたす貌(かお) 小林一茶
元日も爰(ここ)らは江戸の田舎かな 小林一茶
元日や暗いうちから猫の恋 小林一茶
元日や鬼ひしぐ手も膝の上 桜井梅室
(訳)「鬼をもひしぐ」ほどの力持ちの男。元日は手を膝の上に置き、神妙にしている。
元日や人の妻子の美しき 桜井梅室
元日のめでたき日にも老いにけり 遠藤曰人
元日のかくてや二千五百年 伊藤松宇
元日やただ安らかに老い心 几蔦
元日や常の日あたる枯葎 薫風子
元日やまだ起き出でぬ子の晴着 芳声
元日や一皺もなく湖暮るる 天真
歳旦の弓師が家や軒古りぬ 二山
雪中の人声よりぞ大旦 葵郷
宵のまま榾(ほだ)燃えてをり大旦 蔦月
大旦望みをかくる子のひとり 白夜
産みてくれた恩もありけり初朝(あした) 箕山
三笠山月残りゐて年の朝 个山
草の戸や鍬鎌光る日の始 春波
元日を地球が廻る元日も 安藤和風
(注)ガリレオの「それでも地球は廻っている」を想起した句、という解釈がある。
元日を雪や粟田は松青く 中川四明
元日や我は日本に生れたり 角田竹冷
縁側の日にゑひ(酔い)にけりお元日 村上鬼城
元旦や赤城榛名の峰明り 村上鬼城
元旦やふどしたたんで枕上ミ 村上鬼城
(注)ふどしは、ふんどし。
元日の芥流るる野川かな 福田把栗
元日の人通りとはなりにけり 正岡子規
元朝の上の静かに灯残れり 正岡子規
大三十日愚なり元日猶愚なり 正岡子規
混沌として元日の暮れにけり 尾崎紅葉
馬に乗つて元朝の人勳二等 夏目漱石
元旦や蹣跚(まんさん)として吾が思ひ 夏目漱石
(注)蹣跚は、足許が定まらず、よろよろ歩く様子。
元旦やしづかに居りてありがたし 相島虚吼
元朝や月の照りをる荒磯波 山県瓜青
元旦の月も見えたり寺の屋根 山口花笠
元日の庭に真白な椿かな 松瀬青々
あふれ井もめでたき年の朝(あした)哉 松瀬青々
元日や夜に入りしより女声 藤野古白
美しき霜の光や日の初め 篠原温亭
元日も水鳥羽搏(う)つ夜となりぬ 石井露月
元日の袴脱ぎすて遊びけり 河東碧梧桐
元日の箴言(しんげん)母のいひし事 高浜虚子
元旦や祖(おや)の心の蘇る 高浜虚子
元日を昔語りに母が許(もと) 大谷句仏
元日やただの様(さま)なる小百姓 吉野左衛門
元日や暗き空より風が吹く 青木月斗
元日や日のあたりたる浅間山 臼田亜浪
枯葉鳴る静かさに居りお元日 臼田亜浪
墨も濃くまず元日の日記かな 永井荷風
元日や葉蔭にひそと青木の実 小沢碧童
庭少し踏みて元日暮れにけり 渡辺水巴
元日や弓師を訪へば昔顔 渡辺水巴
元日やゆくへも知れぬ風の音 渡辺水巴
元日や入日に走る宇治の水 渡辺水巴
雪の戸にいつまで寝るやお元日 前田普羅
元日の子と並び敷く布団かな 大谷碧雲居
元朝や屋根雪落ちて四方の音 高田蝶衣
元日を覚むるやつねの北枕 前田普羅
元日や蘭の日南(ひなた)に常のごとし 長谷川零余子
元日や軒深々と草の庵 原石鼎
一穂の土器の灯(ともし)やお元日 松藤夏山
元旦や束の間起き出で結び髪 杉田久女
元日や手を洗ひをる夕ごころ 芥川龍之介
(注)「夕ごころ」は夕方の心の状態。龍之介の造語だろう。
葛飾や釣り師ゆきかふお元日 富田木歩
元朝や去年(こぞ)の火残る置炬燵 日野草城
虚子庵のいつもの部屋やお元日 松本たかし
元日の雪に乾パン頒(わ)けこぼす 片山桃史