炭、白炭、炭火、埋火、炭俵

炭、白炭、炭火、埋火(うずみび)、消炭、炭斗(すみとり)、炭俵、炭がしら

 炭は木材を蒸し焼きにして炭化させた燃料で、木炭とも言う。日本では新石器時代から生活のために用いられていたとの説もあり、第2次大戦後も家庭の燃料、暖房用として広く利用されていた。電気、ガスなどが普及した後は、茶の湯や木炭使用を売り物にした焼鳥屋、鰻屋などで用いられている。

すみとりや丸瓢箪の生まれつき   松永貞徳
(注)炭斗(すみとり)には丸瓢箪(夕顔)の実で作ったものが多くあった。
池田炭や名のる天下の炭がしら   西山宗因
(注)池田炭は大阪・池田で作られ、茶の湯の最高の炭とされた。
大ぶりや修行者埋む炭がしら   井原西鶴
(注)炭がしら(頭)は、大きい炭、上質の炭。焼きが足りない「いぶる炭」の意味もある。
白炭ややかぬ昔の雪の枝   神野忠知
(訳)この白い炭も焼かれる前は雪を載せた枝だったのだろう。白炭は堅炭の一種。
白炭や彼(か)の浦島が老の箱   松尾芭蕉
埋火も消ゆや涙の煮ゆる音   松尾芭蕉
埋火や壁には客の影法師   松尾芭蕉
切炭や雪より出づる朝がらす   池西言水
炭売や雪の枝折の都道   池西言水
埋火やしらぬ命に息かけん   小西来山
竹の戸に炭鋸(のこぎり)を道具かな   岩田涼菟
置炭や更に旅ともおもはれず   越智越人
埋火や家は幾代の煤(すす)の塵   志太野坡
埋火や障子より来る夜の明り   浪化
埋火に薬缶こぼしてしまひけり   横井也有
たそがれに吹きおこす炭の明り哉   炭太祇
埋火や猫背あらはれ給ひけり   炭太祇
草の庵童子は炭を敲く也   炭太祇
埋火にとめれば留まる我が友   炭太祇
埋火や閨(ねや)にこころの氷室守   横井也有
庵買ひて且(かつ)うれしさよ炭五俵   与謝蕪村
炭うりに鏡見せたる女かな   与謝蕪村
(訳)炭売りが炭に汚れた顔をしている。女が、こんな顔なのよ、と鏡を出した。
埋火や春に減りゆく夜やいくつ   与謝蕪村
(訳)埋火を見つめている。こうして冬の夜が春に向かって一日ずつ減っていくのだ。
埋火や終(つい)には煮ゆる鍋のもの   与謝蕪村
うづみ火や我かくれ家も雪の中   与謝蕪村
埋火や物損なはぬ比丘(びく)比丘尼   与謝蕪村
更くる夜や炭もて炭を砕く音   大島蓼太
売るよりも買ふ人寒し炭二升   大島蓼太
うづみ火やこころのうごく影法師   勝見二柳
はしり炭用のなき身を驚かす   高桑闌更
(注)はしり炭(走り炭)は、はぜて飛ぶ炭。
何事もいはず炭売翁かな   高桑闌更
炭うりや京に七つの這入り口   黒柳召波
うき人の顔にもかかれはしり炭   黒柳召波
おのおのの埋火抱いて継(ぎ)句かな   黒柳召波
(注)継句は言葉を定め、その下に言葉をつけて一句とする遊戯。雑俳の一種。
炭取に侘びしき箸の火ばしかな   黒柳召波
埋火に梁(はり)の鼠のいばりかな   吉分大魯
うづみ火や包めど出づる膝がしら   蝶夢
埋み火や打ちけぶりたる竹の箸   蝶夢
埋火や夜学にあぶる掌(たなごころ)   加舎白雄
埋火やうちこぼしたる風邪薬   加舎白雄
埋火やいく夜かあぶる鼻ばしら   松岡青蘿
まらう人に炭挽(ひ)く姿見られ鳧(けり)   高井几董
(注)まらう人(まろうど)は客人。
埋火を手して掘り出す寒さかな   高井几董
我宿の松は老いたりいぶり炭   井上士朗
ものおもひ居れば崩るる炭火かな   栗田樗堂
埋火や我名わするるこころあり   夏目成美
炭売は小野で別れし碁打かな   建部巣兆
すみの香や夜の心を富貴にす   成田蒼虬
くわんくわんと炭のおこりし夜明哉   小林一茶
炭もはや俵の底ぞ三ケの月   小林一茶
ちとの間は我宿めかずおこり炭   小林一茶
すりこ木も炭打つ程に老いにけり   小林一茶
朝晴にぱちぱち炭のきげん哉   小林一茶
かた炭やいふ事きかぬくだけ様(よう)   小林一茶
炭くだく手の淋しさよかぼそさよ   小林一茶
炭もはや俵たく夜に成りにけり   小林一茶
炭の火や齢(とし)のへるのもあの通り   小林一茶
炭の火に峯の松風通ひけり   小林一茶
埋火のかき捜しても一つ哉   小林一茶
埋火に桂の鴎きこえけり   小林一茶
手探りに掴んでくべる粉炭かな   小林一茶
松風やこたつの底の炭の音   桜井梅室
埋み火や何を願ひの独りごと   井上井月
埋火や枕屏風の吉野山   一舟
炭売りに今年も来る翁かな   福田把栗
埋火の夢やはかなき事ばかり   正岡子規
我むかし大川町の炭屋の子   松瀬青々
埋火や昼小暗きに恋歌よむ   大野洒竹
炭売の小野で日暮るる話かな   大野洒竹
国寒し四方の山よりおろす炭   高浜虚子
蓄(たくわ)へは軒下にある炭二俵   高浜虚子
炭斗(すみとり)に個中の天地自(ず)から   高浜虚子
歯朶(しだ)いまだ凛々しく青し炭俵   高浜虚子
炭つぐや歳暮のことも思ひつつ   増田龍雨
埋火や煙管(きせる)を探る枕もと   寺田寅彦
丹念に炭つぐ妻の老いにけり   臼田亜浪
炭つんで河岸風つよきともしかな   岡村柿紅
埋火やありし故人の恋の文   小沢碧童
埋火や諸士うずくまる御次(おつぎ)の間   久保田九品太
(注)御次の間は高貴な人の居室の次の間。
さぶければ煙もなつかしいぶり炭   渡辺水巴
埋火や堀川百首口ずさむ   長谷川零余子
(注)堀川百首は平安時代、堀川天皇の側近歌人が詠んだ百首集。
切り口に日あたる炭や切り落とす   原石鼎
まじまじと炭つぐ手元見られつつ   高橋淡路女
炭ついで吾(わが)子の部屋に語りけり   杉田久女
或夜半炭火かすかにくづれけり 芥川龍之介
埋火の仄(ほの)かに赤しわが心   芥川龍之介
埋火や客去(い)ぬるほどに風の音   富田木歩
瞑(めつむ)りて炭切ることよ夕間暮   川端茅舎
炭の香に待つことしばしありにけり   日野草城
炭出すやさし入る日すぢ汚しつつ   芝不器男
炭をひく後(うしろ)しずかの思ひかな   松本たかし
炭つげばまことひととせながれゐし   長谷川素逝

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