寒し、寒さ、寒気、寒冷、寒き日、零下、氷点下

 「寒し」という季語の範囲は歳時記によって異なっている。「寒し」の中に「寒さ」「寒気」と二つだけの傍題を置くものがあれば、寒苦、寒夜、寒暁、寒月、寒江、寒柝(かんたく=寒夜に打つ拍子木の音)なども「寒し」の中に入れているものもある。季語としては「寒さ」そのものを表すものに限定すべきだろう。

 

見やるさえ旅人さむし石部山   川井智月
(注)同じ芭蕉門下の路通を見送るときの句。路通は「乞食」と呼ばれた人。
塩鯛の歯ぐきも寒し魚の棚   松尾芭蕉
葱(ねぎ)白く洗ひたてたるさむさ哉   松尾芭蕉
水寒く寝入かねたるかもめ哉   松尾芭蕉
寒けれど二人旅寝ぞたのもしき   松尾芭蕉
紋どころよごれ着物の寒さ哉   杉山杉風
髭そらぬ身はならはしの寒(さ)哉   杉山杉風
道ばたに多賀の鳥居の寒さかな   江左尚白
(注)多賀は滋賀県の多賀神社。大鳥居で知られる。
有明にふりむき難き寒さ哉   向井去来
茶を啜(すす)る桶屋の弟子の寒さ哉   広瀬惟然
長いぞや曽根の松風寒いぞや   広瀬惟然
我が寝たを首上げて見る寒さ哉   小西来山
大名の寝間にも似たる寒さかな   森川許六
大髭に剃刀の飛ぶさむさかな  森川許六
谷々の看経(かんきん)寒し比叡の山   森川許六
(注)看経は、お経を読むこと。
使者ひとり書院へ通る寒さ哉   宝井其角
山鳥のねかぬる声に月寒し   宝井其角
古寺は皮むく棕櫚の寒げなり   上島鬼貫
袖ぬるる海士(あま)の子寒し涎(よだれ)かけ   上島鬼貫
渋柿にきつと日のさす寒さかな   立花北枝
山颪(おろし)来よ寒がりて明すべし   立花北枝
角つつむ越後の牛の寒さ哉   立花北枝
うづくまる薬の下(もと)の寒さかな   内藤丈草
(注)死の床にある師・芭蕉のために、薬を煎じている。
人声の夜半を過ぐる寒さかな   志太野坡
叱られて次の間へ出る寒さ哉   各務支考
(注)芭蕉を看病しているときの句。死の床の芭蕉に叱られて、次の間に出た。
寒ければねられず寝れば尚寒し   各務支考
三日月の一点寒し厳(いつく)しま   各務支考
松竹やおなじ寒さにおなじ色   浪化
我馬を楯にして行く寒さ哉   中川乙由
月の影の悲しく寒し発句塚   中村史邦
井の水のあたたかになる寒さ哉   服部沾圃
摺小木にとりつく老の寒哉   奥西野明
啼て寒く寒くて啼や群千鳥   佐久間柳居
我が門に富士のなき日の寒さかな   貴志沾州
六尺にあまる男のさむさかな   桜井吏登
萩かれて雪隠見ゆる寒(さ)かな   横井也有
鷹匠の五十越したる寒さかな   横井也有
鷹匠も酒やへそれる寒さかな   横井也有
引越た鍛冶やの跡の寒(さ)かな   横井也有
伏せて有る据(すえ)風呂桶の寒さかな   横井也有
破る子のなくて障子の寒さ哉   加賀千代女
朝の日の裾にとどかぬ寒さかな   加賀千代女
奥そこのしれぬさむさや海の音   遊女・哥川
それぞれの星あらはるるさむさ哉   炭太祇
鳴きながら狐火ともす寒(さ)かな   炭太祇
水指のうつぶけてある寒(さ)かな   炭太祇
(注)水指は水差し。うつぶけては俯(うつむ)けて。
易水にねぶか流るる寒さ哉   与謝蕪村
(注)始皇帝暗殺に向った荊軻、出立の場。易水河畔に立ったイメージ。
皿を踏(む)鼠の音のさむさ哉   与謝蕪村
瘠脛(やせすね)や病より起ツ鶴寒し   与謝蕪村
(注)弟子・吉分大魯の病気回復を願う句。
借具足我になじまぬ寒(さ)哉   与謝蕪村
(注)具足は道具、所持品の意味。
井のもとへ薄刃を落す寒(さ)哉   与謝蕪村
水鳥も見えぬ江わたるさむさ哉   与謝蕪村
雪舟の富士雪信が佐野いづれか寒き   与謝蕪村
忘れ置(く)仏の飯の寒さ哉   与謝蕪村
襟巻にさはるも寒し髭の音   吉川五明
かへらむとおもへば寒しやまの庵   高桑闌更
本陣に鼠の糞のさむさ哉   黒柳召波
おもひ寒し峯の白雲吹わくる   加藤暁台
辻能の矢声もかかる寒さ哉   加藤暁台
山寒しせめて火桶の焼蜜柑   加藤暁台
屋根うらに鼠鳴(く)夜の雨寒し   加藤暁台
くらき夜はくらきかぎりの寒哉   加舎白雄
鋸(のこぎり)をかる(借る)も戻すも寒さかな   夏目成美
藤棚の下に米つく寒さかな   夏目成美
編笠を著(き)た人寒し鵆(ちどり)より   岩間乙二
さむいにもよい程のあり楫枕(かじまくら)   岩間乙二
(注)楫枕は船中泊、なみまくら。
竹の葉の世にうつくしき寒かな   岩間乙二
家ありときくも寒しや山の陰   岩間乙二
猶(なお)寒し茨の中の日のはじめ   成田蒼虬
寺へ来てこぶしを握る寒さかな   成田蒼虬
寒けれど背(そむ)きかねけり窓の月   桜井梅室
足軽のかたまって行く寒さ哉   井上士朗
次の間の灯で膳につく寒さ哉   小林一茶
井戸にさへ錠のかかりし寒(さ)哉   小林一茶
かけ金の真赤に錆て寒哉   小林一茶
死にこぢれ死にこぢれつつ寒かな   小林一茶
ひいき目に見てさへ寒し影法師   小林一茶
ずんずんとぼんの凹(くぼ)から寒哉   小林一茶
椋鳥と人に呼るるさむさ哉   小林一茶
しんしんとしんそこ寒し小行灯   小林一茶
一人(いちにん)と帳面につく寒かな   小林一茶
としかさをうらやまれたる寒哉   小林一茶
麓から日の暮れて行(く)寒哉   雁嘴
行灯のあたりから来る寒さ哉   胡全
美しう日のさす京の寒さ哉   雷師
田から吹く風の寒さや夕神楽   竜尺
皂角子(さいかち)の鞘鳴り寒し古屋敷   可圭
乾(から)鮭の戸に吹あたる寒哉   千仙
笩師の丹波の寒さ語りけり   内藤鳴雪
栴檀(せんだん)の実ばかりになる寒さかな   正岡子規
半焼(け)の家に人住む寒さかな   正岡子規
水涸れて橋行く人の寒さかな   正岡子規
深川は埋地の多き寒さかな   正岡子規
べんべらを一枚着たる寒さかな   夏目漱石
(注)べんべらは着古した絹の着物、安物。
鞍とれば寒き姿や馬の尻   河東碧梧桐
御あかしを消さじと寒き詣でかな   清原枴童
庵主寒さに腹を立てにけり   清原枴童
波立てずゆく大鯉の寒さかな   渡辺水巴
奇跡信ぜずとも教徒なる寒さかな   中塚一碧楼
霧はれて湖におどろく寒さかな   飛鳥田孋無公

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