「凍る」は元来、水が凍る現象をいう。しかし俳句の世界では凍天、町凍る、鐘凍る、月凍るなど、凍るように感じられる諸現象も含まれている。漢字の表記は、かつて「氷る」がよく用いられたが、現代では一般的に「凍る」を用いるようになった。
「凍る」と「氷」に非常に密接な言葉だが、俳句の一般的分類では、凍るが『時候』、氷は『地理』に分類される。この句集では、「凍り」の項の後に「氷」を並べた。
櫓の声波をうつて腸(はらわた)氷る夜やなみだ 松尾芭蕉
すくみ行(く)や馬上に氷る影法師 松尾芭蕉
池の面雲の氷るや愛宕山 向井去来
田の水のありたけ凍る旦(あした)かな 野沢凡兆
捨て舟の内そと氷る入江かな 野沢凡兆
精出せば氷る間もなし水車 松木珪林
(注)訓戒調の句で、江戸時代は有名だった。
川中に柄杓一本氷(る)かな 横井也有
御手洗(みたらい)も御燈も氷る嵐かな 炭太祇
氷つく芦分舟や寺の門 炭太祇
氷る燈の油うかがふ鼠かな 与謝蕪村
手拭も豆腐も氷る横川哉 与謝蕪村
氷りけり実らぬ稲の臥ししまま 高桑闌更
梟も死なねば凍てぬ梢かな 加舎白雄
氷る夜や諸手かけたる戸の走り 加舎白雄
(訳)凍って戸が動かない。両手で思い切って開けたら、戸が勢いよく開いた。
ともし火に氷れる筆を焦しけり 吉分太魯
白波のかけては氷る小ざさ(笹)かな 井上士朗
わが家の一つ手拭氷りけり 小林一茶
門口に来て氷るなり三井の鐘 小林一茶
下町に曲らんとして鐘氷る 小林一茶
人ともに氷ついたよ橋の月 小林一茶
鐘氷る須磨に宿屋はなかりけり 倉田葛三
氷る足ぬいて飛けり泊り鷺 桜井梅室
靴凍てて墨塗るべくもあらぬかな 正岡子規
凍道をカラコロカラコロと来る子かな 相島虚吼
我が行く天地万象凍てし中 高浜虚子
氷上にかくも照る星あひふれず 渡辺水巴
駒ヶ嶽凍てて巌(いわお)を落としけり 前田普羅
氷上や雲茜(あかね)して暮れまどふ 原石鼎
頬凍てし児を子守より奪ひけり 石島雉子郎
諏訪の町湖もろともに凍てにけり 石橋辰之助
東京ではかつては12月中から氷がはっていたが、今では戸外の水が凍るのは1月に入ってからが多い。一冬で数回、薄く張っただけということも多いが、「薄氷」(うすらい・うすごおり)が春の季語になっていることに注意。
馬下駄やひけどもあがらず厚氷 田中常矩
(注)馬下駄は駒下駄のこと。庭ばきに用いた。
月すごし魚の音きく厚氷 伊藤信徳
一露もこぼさぬ菊の氷かな 松尾芭蕉
瓶わるる夜の氷のねざめ哉 松尾芭蕉
氷苦く偃鼠(えんそ)が咽(のど)をうるほせり 松尾芭蕉
(注)偃鼠は、土竜(もぐら)のこと。
瓶破るる夜の氷の寝覚めかな 松尾芭蕉
鴨下りて水まで歩む氷かな 服部嵐雪
水よりも氷の月はうるみけり 上島鬼貫
かれ蘆を手がかりにして氷かな 立花北枝
品川や武家の汀の氷水 水間沾徳
今朝は先づ消えて見するや初氷 炭太祇
くらがりの柄杓(ひしゃく)にさはる氷かな 炭太祇
来る水の居る水わたる氷かな 溝口素丸
歯あらわに筆の氷を噛む夜かな 与謝蕪村
初氷何こぼしけん石の間 与謝蕪村
山水のへるほど減りて氷かな 与謝蕪村
真夜中や氷の上の捨小舟 与謝蕪村
草摺(くさずり)の氷ふるふや歩(かち)わたり 与謝蕪村
(注)草摺は、鎧の胴の下に垂らして大腿部を保護するもの。草木染の着物の意味もある。
岸草を引張つてゐる氷かな 吉川五明
鴨遠し夜半の氷いづこまで 大島蓼太
ひる過ぎや氷の上のはしり水 大伴大江丸
折(れ)沈む竹のうへなる氷りかな 高桑闌更
星きらきら氷となれるみおつくし 高桑闌更
溝(どぶ)川を家鴨(あひる)のたどる氷かな 高桑闌更
あかつきや氷をふくむ水白し 加舎白雄
鶏の嘴(はし)に氷こぼるる菜屑かな 加舎白雄
松風の落ちかさなりて厚氷 松岡青蘿
氷より先にくだけし手桶かな 吉分太魯
灯火に氷れる筆を焦しけり 吉分太魯
氷わる斧(おの)の刃に散る夕日哉 常世田長翠
氷捨てただ何となくあはれなり 夏目成美
草の戸や小田の氷のわるる音 酒井抱一
せせらぎや氷を走る炊(かし)ぎ水 小林一茶
氷とも知らで渡りし湖水哉 小林一茶
手拭のねじつたままの氷哉 小林一茶
湖や氷にのこる波がしら 岩波其残
波の来て厚うしてゆく氷かな 山内曲川
染汁の紫氷る小溝かな 正岡子規
溝川に竹垂れかかる氷かな 正岡子規
汐落ちて氷の高き渚かな 正岡子規
大船に氷りつきたる小舟かな 柳原極堂
捨てし花氷の上にこほりけり 松瀬青々
古池に鼠の走る氷かな 藤野古白
張り詰めし氷の中の巌(いわお)かな 石井露月
釣瓶(つるべ)置く石を包める厚氷 高浜虚子
氷上にかくも照る星あひふれず 渡辺水巴
空谷(くうこく)のわれから裂くる氷かな 前田普羅
青ぞらを風流れゐる氷かな 原石鼎
教条に雲茜して暮れまどふ 原石鼎
厚氷妻の非力を刎ねかへす 日野草城