木枯、凩(こがらし)

 木枯は「木を枯らす風」の意味で、初冬に吹く冷たい強風のこと。気象学的には、晩秋から初冬にかけて太平洋側に吹く、風速8メートル以上の北風を言う。中冬、晩冬になって吹く寒風(北風、空風など)は木枯、凩とは言わない。凩は国字(日本で作られた字)で、几(風)の中に木を入れて「木枯」を表した。  気象庁では毎年、「木枯一号」を発表する。春になるころの「春一番」に対応する冬の風である。

こがらしや鶴見る窓に朝の月   天野桃隣
狂句木枯の身は竹斎に似たるかな   松尾芭蕉
(注)風狂の隠士・竹斎に自分をなぞらえた。「狂句」を除いた書物もある。
木枯に岩吹(き)とがる杉間かな   松尾芭蕉
木枯や竹にかくれてしづまりぬ   松尾芭蕉
京にあきて此(この)木枯や冬住ひ   松尾芭蕉
こがらしや頬腫れ痛む人の顔   松尾芭蕉
凩の風干葉は窓をうがつて去る   杉山杉風
凩に何やら一羽寒げなり   杉山杉風
こがらしに二日の月のふきちるか   山本荷兮
凩やいづこを鳴らす琵琶の湖   立花牧童
木がらしや通して拾ふ塚の塵   斎部路通
凩の果てはありけり海の音   池西言水
(注)言水の代表句。この句をもって「凩の言水」と呼ばれた。
木枯の匂ひ嗅(か)ぎけり風呂あがり   池西言水
木枯の地にも落さぬしぐれ哉   向井去来
(注)時雨の項にも載せている。
木がらしの空見直すや鶴のこゑ   向井去来
凩の吹き行くうしろ姿かな   服部嵐雪
木がらしの猿も馴染むか簑と笠   服部嵐雪
木がらしに梢の柿の名残かな   服部嵐雪
凩や刈田の畔の鉄気(かなけ)水   広瀬惟然
木がらしや手さへ届かぬ堂の縁   小西来山
凩に菅笠たつる旅寝かな   越智越人
木がらしや百姓起きて出づる家   森川許六
凩や宮の鼓(つづみ)の片颪(おろし)   椎本才麿
木枯に槙(まき)割り小玉(こだま)響きけり   椎本才麿
木枯の一日吹いて居りにけり   岩田涼菟
(注)涼菟は無造作で作意のない句を得意とした。
凩や勢田の小橋の塵も渦   宝井其角
凩となりぬ蝸牛のうつせ貝   宝井其角
(注)うつせ貝は空になった貝、殻。
こがらしよ世に拾はれぬみなし栗   宝井其角
(注)みなし栗は、実無し栗、虚栗。其角編の俳諧集に「虚栗」(みなしぐり)がある。
木枯や更け行く夜半の猫の耳   立花北枝
木がらし音あはれなり酒の時宜   立花北枝
(訳)木枯の音がひゅうひゅうと哀れに聞える。酒を飲むにはちょうどいい。
凩や廊下のしたの村すずめ   野沢凡兆
凩のあたり処や瘤(こぶ)柳   内藤丈草
木枯や片店おろす町通り   浪化
木がらしに塔は鎧(よろ)ふて立ちにけり 早野巴人
こがらしや三保にはひとり木の葉掻き   横井也有
木がらしや岩に寝て見る夕鴉   横井也有
木がらしや竹にも動く鳥の夢   横井也有
凩や馬の尾をふくわたし舟   横井也有
木がらしや思へば月もある夜なり   横井也有
木がらしや一日胡馬を嘶(いばえ)させ   横井也有
こがらしやすぐに落着く水の月   加賀千代女
木がらしの箱根に澄むや伊豆の海   炭太祇
(訳)木枯しの吹く箱根から眺めると、伊豆の海は静かに澄んでいる。
こがらしや手にみへ初むる老が皺   炭太祇
ぬれ色を凩吹くや水車   炭太祇
木がらしや柴負ふ老が後より   炭太祇
木がらしにいよいよ杉の尖りけり   溝口素丸
木がらしや馬上に赤き使者の顔   溝口素丸
木枯や鐘に小石を吹きあてる   与謝蕪村
凩に鰓(えら)吹るるや鉤(かぎ)の魚   与謝蕪村
こがらしや何に世わたる家五軒   与謝蕪村
木がらしや石に下堂の沓(くつ)の音   与謝蕪村
こがらしや岩に裂け行く水の声   与謝蕪村
こがらしや畠の小石目に見ゆる   与謝蕪村
凩やこの頃までは萩の風   与謝蕪村
木がらしや小石のこける板びさし   与謝蕪村
こがらしや野川の石をふみわたる   与謝蕪村
こがらしや炭売ひとりわたし舟   与謝蕪村
凩や釘のかしらを戸に怒る   与謝蕪村
こがらしや広野にどうと吹起る   与謝蕪村
凩や碑(いしぶみ)をよむ僧一人   与謝蕪村
こがらしやひたとつまづく戻り馬   与謝蕪村
木枯よ削り過(ご)すな山の形(なり)   堀麦水
木枯や瀬田行くものは月ひとり   大島蓼太
木がらしや雨も降らせず日も照らず   大島蓼太
こがらしや白衣の僧の門に入る   大伴大江丸
松苗にこがらし落ちてしづかなり   大伴大江丸
こがらしにくちびる赤き武士の妻   大伴大江丸
凩や土師(はじ)が住居のまばらなる   勝見二柳
木枯の中に静けき朽木哉   高桑闌更
木がらしや西山浅く夕付く日   高桑闌更
木がらしや白雲過(よぎ)る月凄し   高桑闌更
こがらしや日の梟の地に羽うつ   高桑闌更
こがらしや滝吹きわけて岩の肩   黒柳召波
こがらしや日も照り雪も吹ちらず   三浦樗良
凩や障子の弓のかへる音   吉分大魯
木がらしにむかひかねたり辻謡   加藤暁台
木がらしや灯心うりのうしろ影   加藤暁台
こがらしや壁にがらつく油筒   蝶夢
木枯や硫黄流るる石河原   吉川五明
こがらしや潮ながら飛ぶ浜の砂   加舎白雄
(注)ながらは「いっしょに」「ぐるみ」
木枯やいずことまりの柴車   加舎白雄
木枯や市に業(たずき)の琴を聞く   加舎白雄
こがらしや大路に鶏のかいすくみ   加舎白雄
雪を催す夜の木がらし面白し  松岡青蘿
こがらしや三つに裂けたる千曲川   高井几董
木枯や日に日に鴛鴦(おし)の美しき   井上士朗
こがらしやけさはふへたる池の鴨   井上士朗
ちらちらと日もこがらしの苔の上   井上士朗
こがらしや海一ぱいに出づる月   井上士朗
木がらしの人も草木に似るものか   夏目成美
木がらしになに事もなし豆腐槽   夏目成美
凩や川吹もどすささら波   寺村百池
こがらしや口もきかずに草の庵   建部巣兆
こがらしの木の根にあたる日暮かな   巒寥松
木がらしやねぐらを鶴の声もるる   成田蒼虬
凩や猪の来てふむ背戸の芝   成田蒼虬
こがらしや浪吹わけてかねが崎   成田蒼虬
こがらしの中にも須磨の夕(べ)かな   成田蒼虬
越(え)て来し山の木がらし聞く夜哉   小林一茶
木がらしや隣といふは淡路島   小林一茶
木がらしや壁の際なる馬の桶   小林一茶
木がらしやこんにやく桶の星月夜   小林一茶
木がらしや菰(こも)に包んである小家   小林一茶
凩や木の葉にくるむ塩肴(しおざかな)   小林一茶
凩や行(き)ぬけ道の上総山   小林一茶
木枯や二十四文の遊女小屋   小林一茶
木がらしの吹ぬく布子一ツかな   小林一茶
木がらしや護持院原のあまざけ屋   小林一茶
けふもけふもただ凩の菜屑哉   小林一茶
木がらしや地びたに暮るる辻諷(うた)ひ   小林一茶
(注)地びたは、地べた(地辺)の訛り。
木がらしの吹き溜まりけり鳩に人   小林一茶
木がらしやから呼びされし按摩坊   小林一茶
日暮るるに凩ふくに磯の鶴   桜井梅室
こがらしや馬引つぱつて瀬田の橋   麦宇
こがらしに吹き倒されし座頭かな   疎木
こがらしの岸を漕ぎゆく小舟かな   魯隠
凩や身ごもる犬の眼に涙   蛾眉
凩や箱根の海の陰陽(かげひなた)   東鷲
凩や夜の木魚に吹やみぬ   李下
凩のしきりにつのる入日かな   志慶
凩の吹きあるる中の午砲かな   内藤鳴雪
木枯や夕日の中の宝寺   中川四明
(注)宝寺は京都・天王山にある宝積寺の通称。
こがらしや波の上なる佐渡ヶ島   伊藤松宇
凩や葎(むぐら)を楯に家鴨(あひる)二羽   正岡子規
凩夜を荒れて虚空火を見る浅間山   正岡子規
凩や吹きしずまつて喪の車   夏目漱石
木枯や脂がかりし魚の味   石井露月
凩に昼行く鬼を見たりけり   石井露月
凩に生きて届きし海鼠かな   石井露月
市中や凩吹いて昼の月   佐藤紅緑
木枯や鞭(むち)につけたる赤き切れ   高浜虚子
木枯や牛立ち尽す土手の上   寒川鼠骨
凩に追はるるごとく任地去る   永田青嵐
あかあかと凩やんで入日かな   梅沢墨水
夜明くれば凩はたとやみにけり   山口花笠
凩のあるる(荒るる)が中に入る日かな   一々
木枯に破鐘(われがね)撞くや寺の火事   湖水
木枯や人の声する籠(こもり)堂   秋千
凩に帆柱毎の燈(あかり)かな   泊露
凩や舵にすがりて船の妻   鄧林
凩や炉に燃え落つる梁(はり)の煤(すす)   刀泉
凩のまったくやみし月夜かな   如意
凩や雲裏の雲夕焼くる   臼田亜浪
木枯やほづ枝にかかる日の遠く   臼田亜浪
(注)ほづ枝は穂末。
凩のちから抜けたる朝日かな   室積徂春
木がらしや東京の日のありどころ   芥川龍之介
木がらしや目刺にのこる海のいろ   芥川龍之介
凩や眼のひからびる夜なべの灯   富田木歩
凩の中に灯りぬ閻魔堂   川端茅舎
凩や翠(みどり)も暗き東山   日野草城
凩や堕胎草(おろしぐさ)煮は煮たれども   日野草城

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