枯野、枯野道、枯野人、丘枯るる

枯野、大枯野、枯野道、枯野人、枯原、枯野原、丘枯るる

 草木の枯れ果てた野を「冬野」から独立させ、「枯野」として詠むようになったのは中世の連歌時代からだという。江戸時代になってから俳人に好まれる季語となり、「枯野人」「枯野道」「枯野宿」などの語も生まれていった。現代の俳句においても人気の高い季語の一つである。しかし最近では身近な野原が少なくなり、更地や小庭、さらにはプランターの中などの「枯野」を詠んだ句も生まれている。

花も実もうたひ尽くしてかれ野かな   伊藤信徳
(訳)春から幾度も野に来て、草の花も実も句に詠んだ。その野原も今は枯野である。
枯野哉つばなの時の女櫛   井原西鶴
(訳)枯野に女櫛を見つけた。つばな(ちがや)を摘んだ時(春)に落としたのだろう。
茅葺や枯野の口の小商ひ   天野桃隣
碑(いしぶみ)にななしかづらも枯野哉   天野桃隣
旅に病んで夢は枯野をかけ廻(めぐ)る   松尾芭蕉
(注)芭蕉臨終の句。弟子たちの書によれば、芭蕉は念力を絞って推敲したという。
藁つんで広く淋しき枯野哉   江左尚白
鷹の目の枯野にすわるあらしかな   向井去来
血のつきし鼻紙さむき枯野かな   森川許六
大仏の鐘を見わたす枯野かな   森川許六
里犬や枯野の迹(あと)を嗅ぎありき(歩き)  椎本才麿
小男鹿の重なり伏せる枯野哉   服部土芳
かまきりの尋常に死ぬ枯野かな   宝井其角
くま笹のうき世見あはす枯野かな   野沢凡兆
仏めく石を見立つる枯野かな   立花北枝
野は枯てのばす物なし鶴の首   各務支考
馬しかる声もかれののあらしかな   菅沼曲翠
空高く鳶見失ふ枯野哉   松木淡々
青い物着た人ひとり枯野かな   横井也有
豆ほどの人を見送る枯野かな   横井也有
名を問へば夏来た村の枯野かな   横井也有
枯野行く人や小さう見ゆるまで   加賀千代女
行々てこころ後るるかれ野かな   炭太祇
なつかしや枯野にひとり立つ心   炭太祇
蕭条として石に日の入る枯野かな   与謝蕪村
暮れまだき星の輝く枯野かな   与謝蕪村
夕陽(せきよう)に枯野の末の天守かな   与謝蕪村
石に詩を題して過ぐる枯野かな   与謝蕪村
馬の尾のいばらにかかる枯野かな   与謝蕪村
むささびの小鳥はみ(食み)居る枯野かな   与謝蕪村
子を捨る藪さえなくて枯野哉   与謝蕪村
真直(ぐ)に道あらはれて枯野哉   与謝蕪村
畠にもならで悲しきかれ野哉   与謝蕪村
山を越す人にわかれて枯野哉   与謝蕪村
野は枯てことに尊き光堂   与謝蕪村
よわよわと日の行き届く枯野かな   堀麦水
牛の尾の外(ほか)は動かぬ枯野かな   大島蓼太
近寄ればはや若草のかれのかな   大島蓼太
音(ね)を鳴かぬ鳥の行きかふ枯野かな   高桑闌更
関屋より道のさだまる枯野哉   黒柳召波
上京の湯どのに続く枯野かな   黒柳召波
枯野していづこいづこの道の数   黒柳召波
梵論(ぼろんじ)が笠吹き上げし枯野かな 吉分大魯
(注)梵論(ぼろ・ぼろんじ=梵論師)は虚無僧(こむそう)のこと。
ぬつくりと夕霧くもる枯野哉  加藤暁台
地車の轄(くさび)抜けたるかれ野かな   加舎白雄
小灯(こともし)やかれ野の末を人の行く   加舎白雄
三日月に行く先暮るる枯野かな 松岡青蘿
鰒(ふぐ)喰ひし犬狂い臥(ふ)すかれ野かな   高井几董
皮剥ぎの業(わざ)見て過ぐる枯野かな   高井几董
むつましう住(む)やかれ野のひとつ家   井上士朗
(注)むつしうは、睦まじく。
行(く)雲の家より低き枯野かな   成田蒼虬
はなしあふ背中のぬくき枯野哉   成田蒼虬
ゆふ日さす枯野の高み低みかな   田川鳳朗
物しばし匂うて止みぬ枯野原   田川鳳朗
野はかれて何ぞ食ひたき庵かな   小林一茶
遠方や枯野の小家の灯の見ゆる   小林一茶
戸口までづいと枯込(かれこむ)野原哉   小林一茶
(注)ずいとは、そのままに、真っ直ぐに。
五六匹馬干しておく枯野かな   小林一茶
吹(く)風に声も枯野の烏かな   小林一茶
四谷から馬糞のつづく枯野哉   青蛾
旅人の馬乗り替ふるかれのかな   市原多代女
囉(もら)ふたる火種をなくす枯野かな   井上井月
荻窪や野は枯れ果てて牛の声   内藤鳴雪
(注)荻窪は東京都杉並区。
とりまいて人の火を焚く枯野かな   正岡子規
松杉や枯野の中の不動堂   正岡子規
旅人の蜜柑くひ行く枯野かな   正岡子規
足もとに青草見ゆる枯野かな   正岡子規
吾が影の吹かれて長き枯野かな   夏目漱石
吹(く)風の一筋見ゆる枯野かな   幸田露伴
曇る日の鳥低う飛ぶ枯野かな   巌谷小波
松明(まつ)投げて獣追ひやる枯野かな   泉鏡花
(注)「まつ」は松明(たいまつ)の略。
枯野越えて更に冬木の中を行く   佐藤紅緑
遠山に日の当たりたる枯野かな   高浜虚子
大日の出枯野の果は露領かな   永田青嵐
(注)露領は、ロシア領。サハリン(樺太)の南半分が日本領だったころ。
枯野行けば道連(みちづれ)は影法師かな   寺田寅彦
雪このかた馬も放たぬ枯野かな   臼田亜浪
火遊びの我れ一人ゐし枯野かな   大須賀乙字
いづこまで臼こかし行く枯野かな   渡辺水巴
家建ちて硝子(ガラス)戸入るる枯野かな   渡辺水巴
来てみれば大石存す枯野かな   岩谷山梔子
酒蔵の土間に日当る枯野かな   長谷川零余子
枯野来し人の指輪の光りけり   前田普羅
病める母の障子の外の枯野かな   原石鼎
炭部屋の中から見えし枯野かな   原石鼎
枯野一隅日ちりちりにつむじかな   飛鳥田孋無公?無公
(注)ちりちりは、日影の薄れた様子。つむじは、旋風(つむじかぜ)の略。
しばらくは虹美しき枯野かな  山本孕江
馬荒れて人と争ふ枯野かな   小川凡水
屋根越えに白波見ゆる枯野哉   紀日
あをあをと海よこたはる枯野哉   房之助
大石に道曲りゐる枯野かな   其昔
枯野行くや山浮き沈む路の涯(はて)   芝不器男
枯野はや暮るる蔀(しとみ)をおろしけり   芝不器男
行き消えてまた行き消えて枯野人   松本たかし
八方に山のしかかる枯野かな   松本たかし
大石の馬をもかくす枯野かな   松本たかし
空色に水飛び飛びの枯野かな   松本たかし
(注)雨上がりの枯野。所々の水たまりに空が映っている。
枯原に軍医の眼鏡厚かりき   片山桃史

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