春に咲く花が気温などの影響によって初冬に咲くことを「帰り花」「狂い咲き」などという。ただし「春の花が冬に咲くこと」と限定するのは俳句だけのこと。一般には、季節外れに咲く花はすべて「帰り花」である。桜、梅、梨、杜若(かきつばた)、躑躅(つつじ)などによくこの現象が見られる。俳句では江戸・天明時代から盛んに作られるようになり、今日も人気のある季語と言えるだろう。
さかりをや俤(おもかげ)にしてかへりばな 内藤風虎
凩(こがらし)に匂ひやつけし帰花 松尾芭蕉
(訳)木枯の吹く寒々とした風景の中、帰り花が潤いをつけている。
何の木と問ふまでもなし帰り花 小西来山
物すごやあら面白や帰り花 上島鬼貫
其の側に鵙(もず)のさし餌やかへり花 横井也有
垣ゆひのやさしく告(げ)て帰ばな 横井也有
茗荷畑ありしあたりか忘れ花 横井也有
咲き過ぎて春を減らすな帰花 横井也有
莟(つぼみ)しはしらでゐにけり帰花 炭太祇
春の夜の夢見て咲くや帰花 加賀千代女
咲く咲くも果てはうそなりかへり花 加賀千代女
誰が為ぞあぶなきそらに帰り花 加賀千代女
二三日ちらでゐにけりかへり花 炭太祇
屋根ふきがふしんな顔や帰り花 与謝蕪村
木ひとつに飛花(ひか)落葉やかへり花 与謝蕪村
(注)飛花は落花と同じ。桜のことをいう場合が多い。
片枝は雪に残して帰り花 与謝蕪村
かへり花暁の月にちりつくす 与謝蕪村
帰り花散るや機(はた)織る坊が妻 勝見二柳
帰り花一輪をしむ薪(たきぎ)かな 高桑闌更
雨雲の梢は奇也かへり花 黒柳召波
かへり花蝉のもぬけに薫(たきもの)す 黒柳召波
咲き出(で)て心ならずや帰ばな 黒柳召波
春雨と思ふ日もありかへり花 大島蓼太
夢に似てうつつも白し帰花 大島蓼太
汗拭いて米搗(つ)く僧や帰り花 大島蓼太
住の江や一もと草のわすれ花 加藤暁台
色さめし古女房や帰り花 蝶夢
すかさずや道に酒売り帰り花 加舎白雄
返り花いはば老木のおとろひか 加舎白雄
稲づまの見えし夜明けてかへり花 高井几董
帰り花さくや住持は江戸の留守 高井几董
見るほどに帰らんと思ふ帰りばな 夏目成美
よきことはことばすくなし帰花 岩間乙二
おめおめと人に折られつ帰り花 巒寥松
散るほどのちからは見えず帰り花 成田蒼虬
北窓や人あなどれば帰りばな 小林一茶
木瓜の株刈りつくされて帰り花 小林一茶
かえり花闇にも見えて哀れ也 桜井梅室
さた聞いて夜見に行きぬ帰花 桜井梅室
隣りから来て見出しけり帰り花 得田南齢
猫の来てかけあがりけり返り花 村上鬼城
墓原の霜踏む沓(くつ)や帰り花 坂本四方太
帰り咲く八重の桜や法隆寺 正岡子規
久方の光りが霜に帰り花 松瀬青々
日に消えて又現はれぬ帰り花 高浜虚子
蝶も飛ぶ日和めでたし帰り花 高浜虚子
うかうかうと咲き出でしこの帰り花 高浜虚子
鶏犬の声す山中の返り花 臼田亜浪
遠光りする野の水や返り花 臼田亜浪
返り花挿すや我句に迷ひあり 清原枴堂
昼の月漂ふ空や返り花 山本梅史
とざしある花見の亭やかへり花 杉田久女
夕風のわたれば寒し帰り花 日野草城