「月」は秋の季語だが、「冬の月」は身震いするような感覚や煌々と空にある月の様子が句に詠まれ、厳しさを加えている。江戸時代の歳時記では、「冬の月」は三冬(初冬、中冬、晩冬)、「寒月」は旧暦11月(新暦12月)の月としているが、実作例の時期はさほど厳密なものではない。空気が乾燥した冬の時期、夜空に冴え渡っている月であれば「寒月」としいい、という意見もある。
襟巻に首引き入れて冬の月 杉山杉風
しめなほす奥の草鞋(わらじ)や冬の月 広瀬惟然
(注)奥は奥州、陸奥のこと。
此木戸や鎖(かぎ)のさされて冬の月 宝井其角
いつも見るものとは違ふ冬の月 上島鬼貫
荒猫の駈け出す軒や冬の月 内藤丈草
行燈の煤けぞ寒き雪の暮 越智越人
寒の月川風岩をけずるかな 横井也有
笛の音のいつからやみて冬の月 横井也有
誘はれて椽まで冬の月見哉 横井也有
犬にうつ石の偖(さて)なし冬の月 炭太祇
(注)偖は、「さて」と考える状態。
寒月や我ひとり行く橋の音 炭太祇
駕(かご)を出て寒月高し己が門 炭太祇
寒月の門へ火の飛ぶ鍛冶屋かな 炭太祇
寒月や鋸(のこぎり)岩のあからさま 与謝蕪村
寒月や小石のさはる沓(くつ)の底 与謝蕪村
寒月や僧に行会ふ橋の上 与謝蕪村
寒月や衆徒の群議過ぎて後 与謝蕪村
寒月や開山堂の木の間より 与謝蕪村
寒月に木を割る寺の男かな 与謝蕪村
寒月や門を敲(たた)けば沓の音 与謝蕪村
寒月や松の落葉の石を射る 与謝蕪村
ただひとりすめる景色や冬の月 高桑闌更
質置の彳(たたず)む門や冬の月 黒柳召波
(注)質置は質入する(人)。
砂に埋る須磨の小家や冬の月 加藤暁台
月の情冬を定めり樫木原 加藤暁台
浅からぬ鍛冶が寝覚めや冬の月 加舎白雄
寒月に照りそふ関のとざし哉 高井几董
(注)とざしは、閉ざすための錠。
さりさりと苔ふむ冬の月夜哉 井上士朗
ひとつ灯にひかりかはすやふゆの月 夏目成美
寒月や薬の紙のそらにとぶ 夏目成美
寒月の柳などにはかたぶかず 夏目成美
戸口から芦の浪花や冬の月 成田蒼虬
此家も人も居るのかふゆの月 成田蒼虬
寒月やありとも聞かぬ須磨の藪 成田蒼虬
寒月の加茂にもひとつ小家哉 成田蒼虬
冬の月さしかかりけりうしろ窓 小林一茶
下駄音や庵に曲る冬の月 小林一茶
寒月や食いつきさうな鬼瓦 小林一茶
棒突くや石にかんかん寒の月 小林一茶
寒月やむだ呼(び)されし座頭坊 小林一茶
背高き法師にあひぬ冬の月 桜井梅室
寒月や雨さへもらぬやねをもる 桜井梅室
あらはなる泊り烏や冬の月 夏目吟江
黒雲をずんずと抜けて冬の月 奥平鶯居
吹きすかす梅の林に冬の月 帒布
四辻にうどん焚く火や冬の月 石友
皮被(かつ)ぐ山国人や冬の月 南浪
屋根の上に火事見る人や冬の月 正岡子規
魚城の移るにや寒月の波さざら 久米正雄
(注)魚城は魚群れているところ。春の季語だが、この句の季語は寒月。
寒月や穴のごとくに黒き犬 川端茅舎
寒月や見渡すかぎり甃(いしだたみ) 川端茅舎