冬籠(ふゆごもり)、雪籠(ゆきごもり)

 冬籠は寒さをしのぐために家の中で過ごし、あまり活動しない生活ぶりのこと。その昔は草木が雪に埋もれることを意味したとされ、動物が巣や穴などで寒さを避けることも言う。近年は厳寒期でも人々は活発に活動するようになって、冬籠の風習はなくなったが、江戸時代などの句を読めば、往時の庶民生活が浮んでくる。

山鳥の尾に見る塵や冬籠   天野桃隣
乾坤(けんこん)の外(ほか)家もがな冬ごもり   山口素堂
(注)乾坤は天地。家もがなは、家があったらいいなぁ、の意味。
冬籠りまたよりそはん此(の)はしら   松尾芭蕉
難波津や田螺(たにし)の蓋も冬ごもり   松尾芭蕉
折々に伊吹を見てや冬籠   松尾芭蕉
金屏(きんびょう)の松の古さよ冬籠   松尾芭蕉
(注)金屏は金屏風。
先ず祝へ梅を心の冬籠り   松尾芭蕉
屏風には山を絵がいて冬ごもり   松尾芭蕉
あたらしき茶袋ひとつ冬籠   山本荷兮
摺(すり)鉢もならしなればや冬籠り   斎部路通
舟に寝て荷物の間や冬籠   向井去来
墨染に眉の毛長し冬籠   向井去来
眼ばかりは達磨にまけじ冬籠   小西来山
冬ごもり人にものいふことなかれ   広瀬惟然
檜(ひのき)香や木曽のさかひの冬籠   森川許六
かけものの壁に跡あり冬籠   岩田涼菟
汁鍋のあとむつかしや冬ごもり   岩田涼菟
鼠にもやがてなじまん冬籠り   宝井其角
雑炊の名どころならば冬籠り   宝井其角
鶏の片足づつや冬籠 内藤丈草
ともし火も動かで丸し冬籠   志太野坡
ちからなや膝をかかえて冬篭り   志太野坡
(注)芭蕉を追悼した句。
此の里は山を四面や冬籠り   各務支考
算用に猫もはひるや冬ごもり   浪化
冬籠こもらぬ人を待つ日あり   横井也有
何ごとも筆の行来(ゆきき)や冬籠   加賀千代女
(訳)冬籠りは出不精になる。知人に用があっても手紙の行来だけになってしまう。
京の水つかうて嬉し冬籠   炭太祇
僧にする子を膝元や冬ごもり   炭太祇
なき妻の名にあふ下女や冬籠   炭太祇
身に添(う)てさび行く壁や冬ごもり   炭太祇
勝手まで誰が妻子ぞ冬籠   与謝蕪村
鍋敷に山家集あり冬籠り   与謝蕪村
桃源の路次の細さよ冬籠り   与謝蕪村
(注)桃源は、桃源郷。別天地。路次はみちすじ、道の途中。
冬ごもり母屋(もや)へ十歩の縁づたひ   与謝蕪村
冬ごもり燈下に書すとかかれたり   与謝蕪村
屋根低き宿うれしさよ冬籠   与謝蕪村
苦にならぬ借銭負うて冬ごもり   与謝蕪村
冬ごもり心の奥のよしの山   与謝蕪村
信濃なる下男置けり冬ごもり   与謝蕪村
売食ひの調度のこりて冬籠り   与謝蕪村
戸に犬の寝かえる音や冬籠り   与謝蕪村
くちびるで草紙かへすや冬ごもり   喜多村涼袋
(訳)寝ながらの読書。手を使うのが面倒で、口で頁をめくる。そんな冬籠りだ。
おもひかねて月見に出たり冬籠   大島蓼太
(注)「思いかねる」は「思いを抑えることができない」
弓ひきて肩やしなふや冬籠り   大島蓼太
(注)やしなふは、養う。体力や気力が衰えないように保つこと。
冬籠り何所(どこ)から風の来る事ぞ   大島蓼太
七日みる若葉の巻やふゆごもり   大伴大江丸
冬籠り焚火に曇る眼鏡かな   高桑闌更
住みつかぬ歌舞伎役者や冬籠り   黒柳召波
仁斎の巨燵(こたつ)に袴(はかま)冬籠り   黒柳召波
(注)仁斎は伊藤仁斎。江戸時代前期の儒学者。
夜々の面白ければ冬ごもり   三浦樗良
横つらの墨も拭はず冬ごもり   吉分大魯
蝿一羽我をめぐるや冬ごもり   加藤暁台
冬ごもり一字に迷ひ夜戸出(よとで)かな   加藤暁台
(訳)文を考えている冬ごもりの夜。一字の使い方に迷い、調べるために家を出て行く。
つき合はす鼻息白し冬ごもり   蝶夢
金屏に旅して冬を籠る夜ぞ   加舎白雄
(訳)冬ごもりの夜。金屏風に描かれた名所の風景などを見て、旅したつもり。
冬ごもり籠り兼ねたる日ぞ多き 加舎白雄
(注)籠り兼ねたるは、籠ることが出来ない、難しい。
冬ごもり漉(こ)し水の音夜に入りぬ   加舎白雄
(注)漉し水は濁った水を布や砂などで漉し、きれいにした水。
冬籠り米つく音を算(かぞ)へけり   松岡青蘿
さかしらいふ隣も遠く冬籠   高井几董
(注)「さかしら」は「お節介」。
戸明くれば東海道や冬籠り   高井几董
うしろには松の上野を冬ごもり   夏目成美
枕にもならぬ木魚や冬ごもり   寺村百池
一ぱいに日のさす屋根を冬ごもり   田川鳳朗
宇治山や誰々生きて冬籠   江森月居
冬をこもる庵主の眉の長きかな   鈴木道彦
眠り様鷺に習はん冬籠   小林一茶
能なしは罪も又なし冬籠   小林一茶
五十にして冬籠りさへならぬなり   小林一茶
冬籠り其の夜に聞くや山の雨   小林一茶
人誹(そし)る会が立つなり冬籠り   小林一茶
太刀きずを一つばなしや冬籠   小林一茶
三軒家生死もありて冬籠   村上鬼城
薪を割るいもうと一人冬籠   正岡子規
一村は青菜つくりて冬籠   正岡子規
冬ごもり世間の音を聞いて居る   正岡子規
縁側へ出て汽車見るや冬籠   正岡子規
老僧の爪の長さよ冬籠   正岡子規
冬籠り染井の墓地を控へけり   夏目漱石
弔のあるたび出づる冬籠   高浜虚子
冬籠人を送るも一事たり   高浜虚子
冬籠り家人の警句耳に立つ   志田素琴
(注)耳に立つは、聞いて心が動く、聞いて気に触る。
人間の海鼠(なまこ)となりて冬籠   寺田寅彦
煉丹も家業となれば冬籠   小沢碧童
(注)煉丹は、薬種を練って薬を作ること。本来は不老長寿の薬を作ること。
仄(そく)に知る人の最後や冬籠   岩谷山梔子
(注)仄は「かすかに」。仄聞。
冬ごもる女(ひと)の一間を通りけり   前田普羅
観音と置かれて土偶冬ごもり   宮部寸七翁
真の自我冬籠る仮の自我ありつ   久米正雄
夜が来てまた夜が来て雪ごもり   長谷川素逝
日の当る紙屑籠や冬ごもり   日野草城
冬ごもり未だに割れぬ松の瘤   芝不器男
夢に舞ふ能美しや冬籠   松本たかし

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