チドリ(千鳥)はチドリ目、チドリ科に属する鳥の総称。世界中に約60種おり、日本に生息しているのは12種。大きさは雀より大きめのものから鳩ほどのものまで。日本で繁殖するのはイカルチドリ、シロチドリ、コチドリ、ケリ、タゲリなど。海岸や平野に住み、水辺や海岸などで餌をとる。古来、俳句によく詠まれてきたが、シギ類との混同もあるという。
遠めよしはたで見るよりいそちどり 北村季吟
人を啼く鴎を鳴くや浜千鳥 天野桃隣
有明となりて一群千鳥かな 天野桃隣
鵆聞くために二日の旅寝哉 天野桃隣
闇の夜や巣をまどはしてなく鵆 松尾芭蕉
(注)まどはして(惑わして)は、見失って。方向が分からなくなって。
星崎の闇を見よやと啼く千鳥 松尾芭蕉
なく千鳥不二を見かへれ汐見坂 杉山杉風
浦風や巴をくづす(崩す)むら鵆 河合曽良
(注)この場合の巴は、円形を描くように一方に動いていく様子だろう。
碁は妾(しょう)に崩されて聞く千鳥かな 池西言水
(訳)碁好きのご隠居、若い妾に「もうやめて」と碁を崩された。千鳥の声が聞こえる。
行く千鳥駅路の鈴のそらねかな 池西言水
あら磯や走り馴たる友鵆(ともちどり) 向井去来
庵に寝るなみだなそへそ浦千鳥 広瀬惟然
(注)なみだなそへそ(涙な添えそ)は、涙を添えさせてくれるな。
寝ころびて待たるるものよ小夜千鳥 広瀬惟然
拍子木の間々(あいだあいだ)は鵆かな 森川許六
(訳)夜、火の用心の拍子木が鳴っている。その響きの間に千鳥の声が聞える。
浦ちどり日暮に見るも亦(また)一つ 椎本才麿
女房が酒をたばふや小夜(さよ)千鳥 椎本才麿
(注)たばふ(う)は、庇(たば)う、惜(たば)ふ。惜しむ。大切に守る。
越後屋の算盤(そろばん)過ぎて小夜千鳥 宝井其角
(注)夜、越後屋(三越の前身)の算盤(売上げ計算)が終わった後は、千鳥の声が。
千鳥なくかたや一二のみをつくし 野沢凡兆
(注)みを(お)つくしは、澪標。船の通行のために立ててある杭、標識。
鳴く千鳥幾夜明石の夢におどろく 宝井其角
汲(くみ)汐や千鳥のこして帰る海士(あま) 上島鬼貫
千鳥鳴く須磨の明石の舟にゆられ 上島鬼貫
ねられぬやにがにがしくも鳴く千鳥 上島鬼貫
お地蔵のもすそ(裾)に鳴くや磯鵆 上島鬼貫
矢田の野や浦のなぐれに鳴く千鳥 野沢凡兆
(注)なぐれは、横にそれたところ。
月の夜にちひさし昼の浜千鳥 立花北枝
背門口(せどぐち)の入江にのぼる千鳥かな 内藤丈草
さよ千鳥庚申待(こうしんまち)の舟屋形 内藤丈草
(注)庚申待は、庚申の夜に帝釈天、青面金剛、猿田彦などを徹夜で祀る風習。
千鳥啼くむかし座敷ややりがんな 志太野坡
(注)やりがんなは、古い時代の鉋(かんな)。槍の穂先形の刃で木を削る。
千鳥啼くあかつきかけて帆山寺 各務支考
物の具の音かと寒し村千鳥 各務支考
背戸口の入江にのぼる千鳥かな 三上千那
吹かれ来て畠に上(が)る千鳥哉 中川乙由
あし跡を浪にとらるる千鳥哉 横井也有
かへる波かえらぬむかし啼く千鳥 横井也有
三つまではかぞふる月の千鳥かな 横井也有
船頭のくさめに騒ぐ千鳥かな 横井也有
関守の寝よとて遠きちどりかな 横井也有
火をひとつ沖に見る夜の千鳥かな 横井也有
三つ五つまではよみたる鵆かな 加賀千代女
吹くたびにあたらしうなる千どり哉 加賀千代女
吹き別れ吹き別れても千鳥かな 加賀千代女
ちどり啼く暁もどる女かな 炭太祇
木戸しまる音やあら井の夕千鳥 炭太祇
立つ波に足みせて行くちどりかな 炭太祇
打ちよする浪や千鳥の横歩き 与謝蕪村
加茂人の火を燧(きる)音や小夜鵆 与謝蕪村
(注)加茂人は賀茂神社の神官。その人たちが神事の火を燃やそうとしている。
羽織着て綱も聞く夜や川ちどり 与謝蕪村
(注)綱は京都一条戻り橋の娼妓。戻り橋で鬼退治した渡辺綱にちなむ名という。
便船のこたへつれなき千鳥かな 与謝蕪村
渡し呼ぶ女の声や小夜ちどり 与謝蕪村
浦千鳥草も木もなき雨夜哉 与謝蕪村
湯あがりの舳先(へさき)に立つや村千鳥 与謝蕪村
風雲の夜すがら月の千鳥哉 与謝蕪村
小夜千鳥君が鎧に薫(たまもの)す 与謝蕪村
加茂人の火を燧(き)る音や小夜千鳥 与謝蕪村
磯千鳥あしをぬらして遊びけり 与謝蕪村
千どり聞く夜を借せ君が眠るうち 与謝蕪村
島山や夜着の裾より朝千鳥 与謝蕪村
うごかずに居れば氷るかむら鵆 大島蓼太
蛤にならじならじと千鳥かな 大島蓼太
押分けて月こそ出ずれむらちどり 大島蓼太
雲絶えて鵆のかかる月夜かな 大島蓼太
たへかねて細江に入るか小夜千鳥 大島蓼太
吹きあげて汐ぐもりゆく千鳥かな 大島蓼太
声立てて氷を走る千鳥哉 高桑闌更
住なれし人はよく寝て小夜千鳥 高桑闌更
貫之のうき旅ゆかし啼くちどり 高桑闌更
声かれて朝日に眠る千鳥哉 高桑闌更
ともし消えて千鳥鳴き越す小舟かな 高桑闌更
啼きのぼりなきくだりつつ川千鳥 高桑闌更
汐汲みてしら粥たかん小夜千鳥 高桑闌更
江南は烏飛ぶ也むら千鳥 黒柳召波
その夜半の啼く音は遠し浦鵆 黒柳召波
小夜千鳥羽風もいとふ声の痩せ 三浦樗良
消えもせん有明月の浜ちどり 三浦樗良
かたはらを雁がねすぐる千鳥かな 吉分大魯
風はやしふたつにわれてむら千鳥 加藤暁台
月も見え雪も降り出て鳴く千鳥 加藤暁台
加茂の灯を跡にし先に鳴く千鳥 加藤暁台
浜千鳥雪の中より顕(あら)はるる 加藤暁台
夕闇の松風のぼる千鳥かな 加藤暁台
牡蠣殻や下駄の歯音に飛ぶ千鳥 加藤暁台
暁をまぐれ(紛れ)て行くやむら千鳥 加藤暁台
月も見え雪も降り出てなく鵆 加藤暁台
心われしてや二瀬に鳴くちどり 加藤暁台
声悲し旋(つむじ)まき行く磯千鳥 加藤暁台
足の出る布団に聞くや小夜千鳥 吉川五明
田の中の揚土に鳴く千鳥かな 吉川五明
月や霰(あられ)その夜もふけて川千鳥 上田秋成(無腸)
酒桶に千鳥舞入るあらしかな 加舎白雄
遠浅や月の千どりの舞もどる 加舎白雄
仮まくら魚蔵(なくら)に千鳥降るごとし 加舎白雄
(注)仮まくら(枕)は、うたた寝、仮寝。
あけ月や風のひかりに啼くちどり 松岡青蘿
啼く千鳥廿七夜の月の海 松岡青蘿
貫之が船の灯による千鳥哉 高井几董
(注)「土佐日記」を踏まえる。貫之が京都に帰ったのは千鳥の鳴くころだった。
夕千鳥手にも来るかと淡路しま 高井几董
裾ぬるる浪や七里がはまちどり 高井几董
(注)七里ガ浜と浜千鳥をかけている。
高汐に野へ吹かれ来る鵆かな 高井几董
闇を鳴く沖のちどりや飛ぶは星 高井几董
ひとり乗る仕舞わたしや小夜千鳥 高井几董
声暗し松のそなたを行く千どり 宮紫暁
川音も吹き上ぐる夜をなくちどり 宮紫暁
汐時のとどく野川になく千鳥 宮紫暁
柿寺や藪のうちにも啼くちどり 井上士朗
生海鼠(なまこ)ほす袖の寒さよ啼くちどり 井上士朗
吹かれきて障子に月の千鳥かな 栗田樗堂
加茂川や菜の葉ながれて啼く鵆 栗田樗堂
肩ほねの鳴るにつけてもなく千鳥 夏目成美
ぬす人も妹(いも)とぬる(寝る)夜やなく千鳥 夏目成美
蘆の芽に肝つぶしてや居ぬ千鳥 岩間乙二
きらきらとしてなくなりぬ朝鵆 江森月居
入りかはり鳴くらん海と川千鳥 江森月居
鮎はみな死に果てつらん千鳥鳴く 藤原保吉
には鳥(鶏)が啼けば聞えぬちどりかな 建部巣兆
義仲寺(ぎちゅうじ)の灯が灯れるや飛ぶ鵆 成田蒼虬
あら海や別に千鳥の夜が聞ゆ 成田蒼虬
有明にたつあし見ゆる千鳥哉 成田蒼虬
波に入る月見て居れば千鳥哉 成田蒼虬
あら磯や我足あとに啼くちどり 成田蒼虬
啼くときは見えず成りけり川ちどり 成田蒼虬
ひと走りしてたつ朝の鵆かな 成田蒼虬
夢に見たままを寝覚めの鵆かな 成田蒼虬
片壁は千鳥に任す夜也けり 小林一茶
袂(たもと)へも飛び入るばかり千鳥哉 小林一茶
御地蔵と日向ぼこして鳴く千鳥 小林一茶
あちこちに小寄合する千鳥哉 小林一茶
声々や子どもに交る浜千鳥 小林一茶
木母寺(もくぼじ)の雪隠(せっちん)からも千鳥かな 小林一茶
里に来て桐の実鳴らす千鳥かな 桜井梅室
志賀の山深入りしては鳴く千鳥 桜井梅室
さす汐に跡しさり(退り)する千鳥哉 紙隔
大波にまくられて立つ千鳥哉 常仙
立つ千鳥浮桶一つ残りけり 李風
日によする波美しや朝鵆 来道
戸をあけし闇に船ある千鳥かな 魚将
道ばたに饂飩(うどん)くふ人や川千鳥 正岡子規
上汐の千住を越ゆる千鳥かな 正岡子規
夜をこめて灘の千鳥の遠音かな 野田別天楼
人近く千鳥飛び来る月夜かな 折井愚哉
浦の日和千鳥群れ飛んで天青し 佐藤紅緑
磯畑の千鳥に交じる鴉かな 高浜虚子
千鳥たつ汀の船のうしろかな 坂本四方太
千鳥鳴くや雨になり行く東山 大谷句仏
嵐山の枯木にとまる千鳥かな 長谷川零余子
網を張る舟の巴や群千鳥 長谷川零余子
千鳥鳴く夜かな凍てし女の手 中塚一碧楼
山川の高波にとぶ千鳥かな 西山泊雲
あちこちに分るる水や村千鳥 永井荷風
千鳥とんで枯色見ゆる端山かな 清原枴堂
天日のきらめき千鳥死ぬもあらん 渡辺水巴
千鳥鳴くやかほどの華奢(きゃしゃ)の箪笥鍵 久米正雄
薄星の光り出でたる千鳥かな 日野草城