霰、玉霰、丸雪、雪あられ

霰(あられ)、玉霰、丸雪(あられ)、雪あられ、氷あられ

 霰は雪の結晶に雲の水分が付着し、白濁の氷塊になって地上に降ったもの。積乱雲から降る「雹(ひょう)」は夏の季語。かつては霰と雹にはっきりとした区別はなかったようで、江戸時代の俳句には「雹」と書いて「あられ」と読ませる例が少なくない。本句集では、「あられ」はすべて「霰」と表記した。

心つれて反(そり)橋走る霰かな   松江重頼
玉あられあけてこそ見め箱根篠   松江重頼
よむとつきじ人丸つらゆき玉霰   西山宗因
(注)人丸は柿本人麻呂、つらゆきは紀貫之。
霰せば網代の氷魚(ひお)を煮て出さん   松尾芭蕉
(注)氷魚は鮎の稚魚。
いかめしき音や霰の檜木笠   松尾芭蕉
石山の石にたばしる霰哉   松尾芭蕉
いざ子供走り歩かん玉霰   松尾芭蕉
(訳)子供たちよ。霰がばらばらと降ってきたぞ。早く走って行きなさい。
霰聞くやこの身はもとの古柏   松尾芭蕉
(注)類焼した庵を弟子の援助で再建した際の句。庵は新しいが、私は古いままだ、の意味。
琵琶行の夜や三味線の音霰   松尾芭蕉
雑炊に琵琶聴く軒の霰かな   松尾芭蕉
老い武者と指やさされん玉あられ   向井去来
嫁入りの歩(かち)で吹かるる霰かな   向井去来
武士(もののふ)の足で米とぐ霰かな   服部嵐雪
顔出してはずみを請(こ)わん玉霰   服部嵐雪
もの売の声のはずみやはつあられ   服部土芳
みがかれて木賊(とくさ)に消ゆるあられかな   宝井其角
(訳)木賊は鑢(やすり)の代用になる。そこに落ちる霰は磨かれるのだろう。
海へ降るあられや雲に浪の音   宝井其角
武蔵野や富士の霰のこけ(転け)所   宝井其角
呼びかへす鮒(ふな)売見えぬあられ哉   野沢凡兆
飛びかへる岩の霰や窓の中   内藤丈草
きつとして霰に立つや鹿の角   各務支考
雪雲の引きのき際を霰かな   浪化
ぬらさずにからかさ戻す霰かな   横井也有
水に浮くものとは見えぬ霰かな   加賀千代女
壁までが板であられの山居かな   炭太祇
傘さして女の走る霰かな   炭太祇
岩に篠にあられたばしる小ささ原   与謝蕪村
玉霰漂母が鍋を乱れ打つ   与謝蕪村
(注)漢の武将・韓信が漂母に食事を恵んでもらった、という故事を詠んだ。
いかに住むぞ鳥吹き巡る雪あられ   高桑闌更
鯛を切る手もとにはしる霰かな   三浦樗良
山風や霰ふき込む馬の耳   吉分太魯
(注)「山風や霰ふき込む耳の中」もある。
玉あられ鍛冶が飛火に交りけり   加藤暁台
たまあられ水に沈めば消ゆるべし   加藤暁台
静さや枯藻にまろぶ玉霰   加藤暁台
縄ふしに霰はさまる垣根かな   加藤暁台
気たるみし鷹の面うつ霰かな   加藤暁台
冬の情月明らかにあられ降る   加藤暁台
つぶつぶと蕗の葉に降る夕あられ   加舎白雄
うき雲や霰月夜を鳩の鳴く   加舎白雄
中空に降りきゆるかと夕あられ   加舎白雄
匂ひなき冬木が原の夕あられ   加舎白雄
鷹居(す)ゑて寺に彳(たたず)む霰かな   高井几董
枯菊をまたもてはやすあられかな   夏目成美
野の末の雲に音あるあられ哉   成田蒼虬
五六間飛ぶや霰の網の魚   成田蒼虬
しばらくは水の上なる霰かな   松村うめ女(月渓の妻)
水仙の根に降(り)たまる霰哉   夏目吟江
掘りかけし柱の穴をあられ哉   小林一茶
一筵(むしろ)霰もほして有りにけり   小林一茶
遠乗や霰たばしるかさの上   小林一茶
玉霰夜たかは月に帰るめり   小林一茶
二三合蜆(しじみ)にまじる丸雪かな   桜井梅室
鵜はしずみ鷺は雲井に霰かな   桜井梅室
霰にも夕栄えもつや須磨の浦   井上井月
かきよする馬糞にまじる霰哉   林斧
甲板に霰の音の暗さかな   正岡子規
鍋焼の行燈(あんどん)を打つ霰かな   正岡子規
呉竹(くれたけ)の奥に音ある霰かな   正岡子規
筵(むしろ)帆の早瀬を上る霰かな   夏目漱石
恐ろしき岩の色なり玉霰   夏目漱石
打返し藁干す時の霰かな   河東碧梧桐
雲乱れ霰たちまち降り来たり   高浜虚子
氷上に霰こぼして月夜かな   臼田亜浪
鉄鉢の中へも霰   種田山頭火
島原の霰をうける袂かな   岩谷山梔子
菊の紅かすかに月の霰かな   原石鼎
雪峰の月は霰を落としけり   原石鼎
戸格子を洩れて降り込む霰かな   日野草城
霰打つ暗き海より獲れし蟹   松本たかし

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