行秋(ゆくあき)、秋去る、秋の末、秋の別れ、秋惜しむ

 「行秋」には、いい季節であった秋が去っていくのを残念がる気持が込められている。そのため本類題句集では、別の季語とされている「秋惜しむ」も「行秋」の中に含めることにした。秋とともにいい季節である春にも、「行春」や「春惜しむ」の季語がある。

行秋や七里が浜も八里ほど   天野桃隣
行く秋や椴(たん)より落つる蝉の殻   天野桃隣
(注)椴は白楊(はくよう)、しなのき、とどまつ、などと言われる。
蛤(はまぐり)のふたみにわかれ行秋ぞ   松尾芭蕉
(注)「奥の細道」の最後の句。大垣の人と別れ二見への旅に、「蛤の蓋身」を掛けた。
行秋や身に引(き)まとふ三布(みの)蒲団   松尾芭蕉
(注)三布蒲団は、約36センチの幅の布を3枚合わせた蒲団。通常は敷布団に用いた。
行く秋や二十日の水に星の照り   斯波園女
行秋に藪ある家の嵐かな   浪化
行く秋を身にしたがふや夜着ふとん    浪化
行秋や酒暖めし鉋(かんな)屑   立花北枝
行秋や梢に掛るかんな屑   内藤丈草
行秋の四五日弱るすすき哉   内藤丈草
(訳)秋が去ろうとしている。この四五日、薄が弱ってきたのがよく分かる。
嫁達がちやわちやわ言うて秋暮ぬ   志多野坡
(注)「ちゃわちゃわ」は「ぺちゃくちゃ」と同じ。口数の多いこと。
行秋や斯(かく)の如しと落し水   横井也有
(訳)稲刈りの前に田の水を落としている。秋もこの水のように早く去っていくのだ。
行秋や今日は梢に桐一葉   横井也有
行秋や猶(なお)今日迄も茄子(なすび)売り   横井也有
行秋やひとり身をもむ松の声   加賀千代女
行秋や抱けば身に添ふ膝頭   炭太祇
戸を叩く狸と秋を惜しみけり   与謝蕪村
行秋の所々や下り簗   与謝蕪村
(訳)行秋の川辺を行く。下り鮎を捕らえようとする下り簗が所々に見える。
城外に更け行く秋や寒山寺   与謝蕪村
行く秋やよき衣(きぬ)きたる掛り人   与謝蕪村
(注)掛り人は、居候(いそうろう)、食客。
しみじみと秋を惜しみぬ二三人   三宅嘯山
行く秋や一入(ひとしお)塔の延び上り   堀麦水
行く秋の青う別るる尾上(おのえ)かな   堀麦水
(訳)秋が行く。青い峰の稜線も、上の空と同じ青い色ながらはきり分れている。
行秋や見帰れば舟の跡もなし   高桑闌更
石女(うまずめ)と暮れゆく秋を惜しみけり   黒柳召波
(注)石女は、子供を産めない女性。「不生女」とも書く。
長き藻も秋行く筋や水の底   黒柳召波
行秋や四方の哀の有磯(ありそ)海   三浦樗良
行く秋やあはれ非情の草も木も   三浦樗良
塩負ふて山人遠く行(く)秋ぞ   加藤暁台
木母寺の灯に見る秋の行方哉   加藤暁台
灯ちらちら秋も行くなり峰の堂   加藤暁台
行く秋や蘆かり伏して音もなし   加藤暁台
行く秋や雲はあはれに水はかなし  松岡青蘿
せまり行く秋や昼なく(鳴く)岡の虫   松岡青蘿
鐘の声行春よりも行秋ぞ   加舎白雄
(訳)秋が行くころに聞く鐘の音は、晩春に聞くより、しみじみと心に沁みる。
行秋や情に落ち入る方丈記   加舎白雄
行く秋の草にかくるる流れかな   加舎白雄
はるばると来て別るるや須磨の秋   高井几董
秋の果(て)亀は小藪に這入りぬ   夏目成美
おどろきし桐ははだかに秋ぞゆく   江森月居
行秋や雀の歩行(ある)く草の中   成田蒼虬
ぐるりから秋は暮けり三上山   成田蒼虬
行く秋やひとり轆轤(ろくろ)の幾廻り   田川鳳朗
行秋をぶらりと大の男哉   小林一茶
行秋やどれもへの字の夜の山   小林一茶
天広く地広く秋も行く秋ぞ   小林一茶
行く秋の見えて今戸のけぶりかな   木村素石
(注)今戸は隅田川べりの町。今戸焼で知られていた。
行く秋やでで虫殻の中に死す   森鴎外
(注)でで虫は、でんでん虫、蝸牛。
行く秋や大きうなりて沙弥(しゃみ)幾つ   村上鬼城
(注)沙弥は元来、少年僧のこと。見習い僧のことも言う。
行く秋をしぐれかけたり法隆寺   正岡子規
行く秋の鐘つき料を取りに来る   正岡子規
行く秋や狂女と語る峰の寺   正岡子規
行く秋を博多の帯の解け易き   夏目漱石
行秋の二日三日や蕎麦の茎(くき)   野田別天楼
ゆく秋やあからさまなる水の面   篠原温亭
ゆく秋を饂飩(うどん)買ひけり貧が身の   大野洒竹
行秋や雨ともならで暮るる空   永井荷風
行く秋や出水のあとの二階住   大谷繞石
篁(たかむら)道そろりともせず秋の行く 志田素琴
(注)篁は竹薮。
うつうつと降り暮れ秋も行くことか   臼田亜浪
照ればなほ秋ゆく竹の襞(ひだ)深く   臼田亜浪
行く秋や机離るる膝がしら   小沢碧童
行く秋や隣の窓の下を掃く   前田普羅
別れ別れに別るる旅もゆく秋や   室積徂春
秋ゆくと照りこぞりけり裏の山   芝不器男
行く秋の噴煙そらにほしいまま   篠原鳳作
ゆく秋やふくみて水のやはらかき   石橋秀野

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