夜長、長き夜

 夜が最も長くなるのは冬至だが、俳句では「夜長」を三秋(秋すべて)の季語とする。初秋の、昼の時間がまだ夜の時間より長い時でも、夏が終わって夜の時間が次第に長くなってきた、と感じれば夜長なのだ。春の「日永」と対応している。

夜は長し奈良の話は南円堂   川井智月
長き夜も旅草臥(くたびれ)に寝られけり   向井去来
長き夜を疝気(せんき)ひねりて旅寝かな   上島鬼貫
(注)疝気は腹痛。
夜話の長さを行(く)はどこの山   内藤丈草
長き夜やいろいろに聞く虫の声   森川許六
語るにも夜長くなりて別れけり   立花北枝
長き夜を余所(よそ)に目覚めし酒の酔   炭太祇
寝て起きて長き夜に住むひとり哉   炭太祇
戸をさして長き夜に入る庵かな   炭太祇
(注)さすは、鎖す。とざすと同じ。
気短し夜長し老の物狂ひ   各務支考
長き夜や思ひ余りて後世(ごせ)の事   有井諸九尼
(訳)長い夜、いろいろのことを考えすぎて、来世のことまでに思いが及ぶ。
山鳥の枝踏みかゆる夜長かな   与謝蕪村
長き夜や目覚ても我影ばかり   高桑闌更
長き夜の寝覚め語るや父と母   黒柳召波
長き夜にやや読尽きぬ若菜の下   黒柳召波
長き夜や目覚むるたびに我老いぬ   三浦樗良
ながきよや思ひあまりの泣寝入   榎本布星尼
長き夜や磯の匂ひの物につく   加舎白雄
夜永さに筆とるや旅の覚書(おぼえがき)   高井几董
長き夜を我に向ふや屏風の絵   夏目成美
馬鹿長き夜と申したる夜長哉   小林一茶
蚤(のみ)共が嘸(さぞ)夜長だろ淋しかろ   小林一茶
下駄からりからり夜長の奴ら哉   小林一茶
あいつらも夜長なるべしそそり唄   小林一茶
(注)そそり唄は遊郭などのはやり唄。
耳際に松風の吹く夜永かな   小林一茶
長き夜の神をもてなす燈(ともし)かな   大原其戎
つくづくと古行灯の夜長かな   内藤鳴雪
弟子たちの一つ灯に寄る夜長かな   村上鬼城
何笑ふ声ぞ夜長の台所   正岡子規
長き夜や千年の後を考える   正岡子規
汽車過ぐるあとを根岸の夜長かな   正岡子規
長き夜や障子の外をともし行く   正岡子規
ともし置いて室明き夜の長さかな   夏目漱石
長き夜を煎餅につく鼠かな   夏目漱石
長き夜をたたる将棋の一手かな   幸田露伴
夜話の火桶出しある夜長かな   松瀬青々
夜長飽かず毛糸編み居り間借人   武田鶯塘
膳の脚たためる音の夜長かな   増田龍雨
加藤洲の大百姓の夜長かな   高浜虚子
(注)加藤洲は千葉・水郷地帯の十二橋がある地域。
父母の夜長くおはし給ふらん   高浜虚子
浅草や夜長の町の古着店   永井荷風
夜長人耶蘇(やそ)をけなして帰りけり   前田普羅
鑿(のみ)を舐(な)めて彫るや夜長の彫刻師   長谷川零余子
襖(ふすま)絵の鴉夜長を躍り居る   原石鼎
落籍(ひか)されしのちのぽんたの夜長かな   日野草城
夜長寝てその後の雁は知らざりき   日野草城
夜長さを衝きあたり消えし婢(おんな)かな   芝不器男

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