露、白露、露けし、朝露、夜露

露、白露、露時雨(しぐれ)、露けし、朝露、夜露

 露は空中の水蒸気が、夕暮から夜にかけて水滴となり、草の葉や岩などの上に留まっているもの。どの季節にも生じるが、秋に最も多く降りるため、秋の季語となった。冬に降りて凍れば霜になる。白露は露を白玉と見立てた美称。露時雨は、露がたくさん降りて時雨が降った後のような状態になること。露けしは、湿り気が多く、露がたくさん降りた、と感じられるような状態である。

 露はすぐに消えるところから、はかない現世を表す語にもなっている。

白露や無分別なる置きどころ   西山宗因
月をふらし花を光らす夜露かな   伊藤信徳
数おくは十露盤(そろばん)のつぶか露の玉   伊藤信徳
(注)多くの露の玉を「数置く」など、そろばんにかけて詠んでいる。
露ながく釜に落ちくる筧(かけい)かな   山口素堂
硯(すずり)かと拾ふやくぼき石のつゆ   松尾芭蕉
(注)くぼきは「窪き」。
野の露によごれし足を洗ひけり   杉山杉風
蜀黍(もろこし)の陰を渡るや露時雨   山本荷兮
玉よそふ墓のかざしや草の露   河合曽良
初露や猪(い)の臥(ふ)す芝の起上がり   向井去来
濡れつ干す旅やつもりて袖の露   向井去来
白露や角に目をもつ蝸牛(かたつむり)   服部嵐雪
草の葉を遊びありけ(歩け)よ露の玉   服部嵐雪
朝の露下草売りの小関越え   森川許六
手にさげし茶碗やさめて苔の露   宝井其角
踏む足や美濃に近江に草の露   上島鬼貫
垣越の山や松竹露時雨   立花北枝
留守の戸の外や露置く物斗(ばかり)   炭太祇
此の夕べ主なき櫛の露や照る   炭太祇
朝露や浪やはらかに磯の草   炭太祇
夕露に蜂這入りたる垣根かな   炭太祇
東雲(しののめ)や八十坊の露しぐれ   溝口素丸
白露や茨の刺(とげ)に一つづつ   与謝蕪村
もののふの露はらひ行く弰かな   与謝蕪村
(注)弰(弭=ゆはず)は弓の端にあって、弦をつける金具。弓の端。
狩倉の露に重たきうつぼかな   与謝蕪村
(注)狩倉は、狩り場。狩猟の意味も。うつぼ(靫)は矢を入れ、腰につける用具。
殿原(とのばら)のいづち急ぐぞ草のつゆ   与謝蕪村
(注)殿原は男性や身分の高い人への尊称。いづちは、何方。どこへ。
市人の物うち語る露の中   与謝蕪村
旅人の火を打ちこぼす秋の露   与謝蕪村
(注)火を打ちこぼすは、火打石の火花が飛ぶ。
鍋釜もゆかしき宿や今朝の露   与謝蕪村
夕露や伏見の相撲ちりぢりに   与謝蕪村
(注)相撲の項にも載せている。
舎利(しゃり)となる身の朝起や草の露   与謝蕪村
ほろほろと鳴く山鳥や露の珠   与謝蕪村
白露の身や葛の葉の裏借家   与謝蕪村
白露の篠原に出る檜原かな   与謝蕪村
白露やさつ男の胸毛ぬるるほど   与謝蕪村
(注)さつ男は猟男。猟師。
山犬をのがれて霧の聖(ひじり)かな   与謝蕪村
(注)聖は高徳の僧、修行僧などのこと。高野山が派遣した高野聖のことも言う。
露時雨宇治を離れて道細し   三宅嘯山
白露の果てはありけり六玉川(むたまがわ)   大島蓼太
(注)六玉川は東京の玉川(多摩川)など、六つの玉川の総称。
七とせの塚の古びや露時雨   勝見二柳
白露や美しき夜と成りしより   高桑闌更
露散るや桂の里の臼の音   高桑闌更
捨舟に白露みちし朝(あした)かな   高桑闌更
朝露や垣根に捨てし薬殻   高桑闌更
露しぐれいささむら竹あかねさす   高桑闌更
(注)いささむら竹は、少し群れている竹。
露時雨しぐれしあとの照る日かな   高桑闌更
狩入りて露打ち払ふ靱(うつぼ)かな   黒柳召波
(注)靱は、蕪村の句「狩倉の」を参照。
武蔵野や合羽(かっぱ)にふるふ露の玉   黒柳召波
松明(たいまつ)に露の白さや夜の道   黒柳召波
庭ゆくも露に裾(すそ)とる女かな   黒柳召波
蓙(ござ)撫でて驚き立ちぬ月の露   黒柳召波
(訳)月を眺めていた人、ふとゴザに触ると露に濡れていた。驚いて立ち上がった。
朝露や薄は撓み萩は伏し   三浦樗良
夕ぐれや露にけぶれる鳰(にお)の海   三浦樗良
(注)鳰の海は琵琶湖のこと。
露けしや芋の葉陰の蟇(ひき)の顔   蝶夢
露しぐれ檜原(ひばら)松原はてしなき   蝶夢
分けゆくや袂(たもと)にたまる笹の露   蝶夢
おく露やいとど葡萄の玉ゆらぐ   蝶夢
しら露や草をこぼれて草の上   蝶夢
本道へ出れば月あり露しぐれ   蝶夢
今日は我翌(あす)は庵なき露の花   加藤暁台
今朝の露ははき木(箒木)白くなりにけり   吉川五明
釣人や声だに立てず草の露   加舎白雄
露しぐれしぐれんとすれば日の赤き   加舎白雄
物の音秋は露さへ時雨るるか   加舎白雄
灯ともしの何も冠(かぶ)らで露時雨   加舎白雄
朝露や砂にまみるるむら小草   加舎白雄
大粒に置く露寒し石の肌   松岡青蘿
今貸した提灯の灯や草の露   高井几董
(訳)暗闇の中に今貸した提灯の灯が見える。彼は草の露を踏みながら行くのだろう。
朝露や膝より下の小松原   高井几董
利(と)き鎌の刃をさばしるや露の玉   高井几董
(注)さばしるは、さ走る。「さ」は接頭語。
我帰る家は見ゆるぞ露の中   夏目成美
美しや世に譬(たと)へたる草の露   夏目成美
樒(しきみ)撰る小家のたつきや露の原   夏目成美
(注)たつきは生業の意味。
朝露を口いつぱいに鳴く鶉(うずら)   夏目成美
露しぐれ蒟蒻(こんにゃく)売が旅出かな   夏目成美
露の身と言ふも誠や枕元   夏目成美
汐の引くあとに露おく藻屑かな   込山山子
露散るや朝の心の紛れ行く   岩間乙二
夕かげや草もぬらさぬ露の玉   鈴木道彦
夕露やいつもの所に灯のみゆる   小林一茶
露の玉一つ一つに古郷あり   小林一茶
露はらりはらり世の中よかりけり   小林一茶
露の世は露の世ながらさりながら   小林一茶
(注)娘さと女夭折(ようせつ)の時の句。
土器(かわらけ)の施し粟や草の露   小林一茶
丸い露いびつな露よ忙しき   小林一茶
杭の鷺いかにも露を見るやうな   小林一茶
世の中へ落ちて見せけり草の露   小林一茶
露の身の置き所なり草の庵   小林一茶
柴の戸や手足洗ふも草の露   小林一茶
露の玉つまんで見たる童かな   小林一茶
露の玉十と揃ひはせざりけり   小林一茶
玉となる欲は有るなり露の玉   小林一茶
玉になる智慧(ちえ)は露さえ有馬山   小林一茶
(注)智慧さえあり、と有馬山を掛けている。
白露や茶腹で越る宇津の山   小林一茶
白露にざぶとふみ込む烏かな   小林一茶
大名の笠にもかかる夜露哉   小林一茶
海音は塀の北なり夜の露   小林一茶
褌(ふんどし)と小赤い花と夜露哉   小林一茶
猟好きの其身にかかる夜露哉   小林一茶
客人の草履に置くや門の露   小林一茶
露時雨仏頂面(ぶっちょうづら)にかかりけり   小林一茶
有明や露にまぶれしちくま川   小林一茶
(注)まぶれるは、塗(まぶ)れる
生き残る我にかかるや草の露   小林一茶
肥て居るあの人々も露の身か   羊素
魚分つ海士(あま)の篝(かがり)や露の中   児島大梅
山吹や珍しう置く露の色   大原其戎
しら露に殊更しるき舎利仏   大原其戎
(注)しるきは著し、はっきりしている。舎利仏は野に放置された白骨。
水草の上にも露の夜明けかな   佐野蓬宇
浮草の上にも置くや朝の露   大橋梅裡
何一つ見えねど露の明りかな   東旭斎
除け合うて二人ぬれけり露の道   井上井月
つぶつぶと淋しきものや石の露   穂積永機
歩かるるほどの明りや露の花   庄司唫風
朝露や矢文を拾ふ草の中   内藤鳴雪
草市の草に露けき小銭かな   伊藤松宇
土くれにはえて露おく小草かな   村上鬼城
白露に家四五軒の小村かな  正岡子規
蓬生(よもぎう)や我頬走る露の玉   正岡子規
草の露馬も夜討の支度かな   正岡子規
草見えて野武士火を焚く露の中   正岡子規
草の戸や菓子も烟草(煙草)も夜の露   正岡子規
雨晴れて露けき中の煙かな   正岡子規
猟人(かりうど)も犬も濡れたり草の露   正岡子規 
生きて帰れ露の命と言ひながら   正岡子規
(注)前書きに「従軍の人を送る」。戦争に対する子規の思想が表れている。
病牀(しょう)の我に露ちる思ひあり   正岡子規
松を出てまばゆくぞある露の原   夏目漱石
釣り絲を露の流るる月夜かな   幸田露伴
草の戸やふけてひそかに露の声   幸田露伴
三笠山町は日あたる露しぐれ   松瀬青々
狭(さ)むしろに蝦雑魚乾く秋の風   村上霽月
芝庭や露を含める毬一ツ   巌谷小波
置く露や紫染まる花火殻   武田鶯塘
嵯峨の暮露装束の勅使かな   大野洒竹
白露や扉を開く金色堂   石井露月
露涼し夜と別るる花のさま   石井露月
秋風や道に這出る芋の蔓   河東碧梧桐
露葎(むぐら)茶色の蝶の飛んで出る   佐藤紅緑
もの言ひて露けき夜と覚えたり   高浜虚子
父恋ふる我を包みて露時雨   高浜虚子
人の如(ごと)草葉の露の瞬(またた)けり   高浜虚子
疾(と)くゆるく露流れ居る木膚かな   西山泊雲
露今宵生るるものと死ぬものと   岡本松浜
しら露や煙のごとく人消えぬ   岡本松浜
焼け跡の草あれば露あげてゐる   臼田亜浪
盛塩の露にとけゆく夜ごろかな   永井荷風
(注)盛塩は料理屋などで縁起をかつぎ門口に盛る塩。夜ごろは、夜の間。
かけてある狐の罠や草の露   原抱琴
鬼薊(あざみ)紫若き露の中   阿部次郎
露けしや下藪通ふ朝日影   阿部次郎
露の灯のみな遥かなる嵯峨の(野)かな   山本梅史
蔓踏んで一山(いちざん)の露動きけり   原石鼎
露けさやこぼれそめたるむかご垣   杉田久女
金剛の露ひとつぶや石の上   川端茅舎
(注)金剛はダイヤモンド。
露の玉蟻たじたじとなりにけり   川端茅舎
白露に阿吽(あうん)の旭(あさひ)さしにけり   川端茅舎
白露に金銀の蠅とびにけり   川端茅舎
白露に鏡のごとき御空(みそら)かな   川端茅舎
露の玉走りて残す小粒かな   川端茅舎
尾をひいて芋の露飛ぶ虚空かな   川端茅舎
露の玉をどりて露を飛越えぬ   川端茅舎
夜店はや露の西国立志編   川端茅舎
(注)「西国立志編」は明治初年に刊行された数百人の立志伝(元は英書)の訳本。
一連の露りんりんと糸薄(すすき)   川端茅舎
微熱いまひく摂理かや露時雨   川端茅舎
神の目のごとくに澄める露一つ   加藤霞村
わがいのちいよよさやけし露日和   日野草城
生きるとは死なぬことにてつゆけしや   日野草城
露けさやをさなきものの縷々(るる)の言   日野草城
竹伐つて竹の白露うちかぶる   日野草城
鍬(くわ)音の露けき谷戸(やと)に這入り来し   松本たかし
白露や何の果(て)なる寺男   松本たかし

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