芒、薄、尾花

芒、薄(すすき)、尾花、花芒、十寸穂の芒、鬼芒、糸芒

 芒はイネ科の多年草で、種類によって丈は2メートルに及ぶ。春になると宿根から新芽を伸ばし、夏に「青芒」となる。秋になると穂を出して「花芒」となり、晩秋から冬には「枯芒」となる。きれいな花が咲くわけではないが、日本人は万葉時代から芒が風になびくのを愛(め)でて、秋の七草の一つに数え、月見の宴を飾る主役としている。

 芒は漢字(中国でつくられた字)、薄は国字(日本で作られた字)。尾花は穂の出た芒(花芒)のこと。

朝霧のうす花すすき風もなし   飯尾宗祇
薄散る野に月細きあしたかな   蓮海坊心敬
野分にもなびけば残る尾花かな   松井紹巴
いろはにほへの字形なる芒かな   西山宗因
武蔵野や薄見に行く蓑借らん   伊藤信徳
菅笠に厭ふもをかし散る芒   天野桃隣
宿に見るもやはり武蔵野の芒哉   山口素堂
三日月を撓(たわ)めて宿す芒かな   山口素堂
何事も招き果てたる芒かな   松尾芭蕉
(注)芭蕉庵に滞在した知人(僧か)の死に際して。人の一生を芒にたとえたのだという。
蜘(くも)の囲や芒をかけて小松原   松尾芭蕉
蜻蛉を止りつかせぬ尾花かな   杉山杉風
風のたび道付け替ふるすすきかな   杉山杉風
君がてもまじる成るべしはな薄   向井去来
(訳)君と別れた薄原。手を振るように揺れる花薄の中に君の手も混じっているのだろう。
穂にたたぬ芒生(え)けり石の隈   向井去来
品川へ二里の休や花芒   服部嵐雪
嵯峨中の淋しさくくる薄かな   服部嵐雪
招くたび人になしたき芒かな   小西来山
花芒寺あればこそ鉦(かね)が鳴る   小西来山
無い袖を振つて見せたる尾花哉   森川許六
痩ながら又穂に出たり花芒   森川許六
花芒戸にはさまれし夜風かな   立花牧童
西風は程なき雨の芒かな   立花北枝
押分けて見れば水ある芒かな   立花北枝
僧ワキの静かに向ふ芒かな   宝井其角
(注)僧ワキは能のワキで出てくる僧。地味な衣装の僧が芒に相対しているという場面。
岩の上に神風寒し花芒   宝井其角
花芒祭主の輿(こし)を送りけり   宝井其角
(注)祭主は祭事を主宰する人。伊勢神宮では神官の最高位。
茫々と取乱したる芒かな   上島鬼貫
面白さ急には見えぬ薄哉   上島鬼貫
吹からに芒の露のこぼるるよ   上島鬼貫
露の玉幾つ持たる芒ぞや   上島鬼貫
行く秋の四五日弱るすすきかな   内藤丈草
渋笠や爰(ここ)で着初めむ花芒   内藤丈草
川音の芒ばかりとなる夜かな   野沢凡兆
招き招き枴(おうご)の先の芒かな   野沢凡兆
(注)枴は荷を担ぐ棒、てんびん棒。
入る月のさはるか動くむら薄   立羽不角
(訳)群れ薄がゆれている。沈もうとしている月が触っているからだろうか。
一雨のしめり渡らぬ薄かな   各務支考
涼しさに招くか波の花芒   各務支考
見る人の眼も細うなる芒かな   浪化
面影の尾花は白し翁塚   浪化
神鳴(かみなり)の末野は遠し花芒   浪化
駒買に出迎ふ野辺の芒かな   奥西野明
秋の野を遊びほうけし芒かな   河野李由
雉子の妻隠し置きたる芒かな   加賀千代女
秋風の言ふ儘(まま)になる尾花かな   加賀千代女
晩鐘に幾つか沈む尾花かな   加賀千代女
風の道しるや尾花の片ひづみ   溝口素丸
(注)ひずみは、歪(ひずみ)、ゆがみ。
山は暮(れ)て野は黄昏(たそがれ)の薄哉   与謝蕪村
追風に薄刈りとる翁かな   与謝蕪村
石を出る流れは白し花薄(はなすすき)   堀麦水
花薄風が吹かねば淋しいか   吉川五明
おのれより夕くれそむる薄かな   大伴大江丸
高ければ高い風吹く薄かな   勝見二柳
朝あけや芒がもとの道者笠   高桑闌更
(注)道者笠は寺社を順礼する旅人。芒の原に野宿したのか。
一もとも折れぬ芒にてる日かな   高桑闌更
淋しさの都へ売れる芒かな   大島蓼太
松風の昼は根にある芒かな   大島蓼太
出帆(でほ)まねく遊女も立てりはな薄   大島蓼太
薄野やともに風もつ家一つ   大島蓼太
とり付いて地につく鳥や芒の穂   高桑闌更
世に古りし芒が中の泉かな   三浦樗良
蛇の衣かけし芒の乱れ哉   加藤暁台
夕闇を静まりかへる芒かな   加藤暁台
はるばると雲のかけりや村芒   加藤暁台
村尾花夕越え行けば人呼ばふ   加藤暁台
芒ちりて水かろがろと流れけり   加藤暁台
はな薄うばらの中を出てそよぐ   蝶夢
(注)うばらは、茨と同じ。
眼の限り臥(ふし)ゆく風の薄かな   吉分大魯
猪を荷(にな)ひ行く野や花芒   加舎白雄
空くせや尾花がすゑの猪子(いのこ)雲   加舎白雄
(注)猪子雲は、猪に似た形の黒い雲。
雨そそぐ岡の小家や花芒   加舎白雄
一むらの尾花これ化野(あだしの)の有様なり   加舎白雄
秋の日やうすくれなゐのむら尾花   松岡青蘿
刈とりてもとの乱るる芒哉   高井几董
伸(び)上る富士の別れや花芒   高井几董
淋しさの年々高し花芒   高井几董
帆おろせば芒に沖の嵐かな   宮紫暁
嵐絶えて水に暮れ行く花すすき   宮紫暁
霧雨の里に日のさす芒かな   井上士朗
陽炎の秋にも逢へり花芒   井上士朗
淋しさに堪へてや野辺の芒ちる   井上士朗
松芒その外のもの無かりけり   夏目成美
是よりして秋の日弱る芒哉   夏目成美
芒原果は塩焼く匂ひかな   夏目成美
はらむとは芒にやすき言葉かな   岩間乙二
山陰の野に暮急ぐ芒かな   岩間乙二
さては留守芒結びて置れたり   岩間乙二
(注)訪問先の家(庵)への小道。道の両側から芒を倒し、結んであったのだ。
三日月を見にこそ来たれ芒吹く   岩間乙二
ひらひらと朝霧乾くすすきかな   鈴木道彦
いかづちにずんずと起(き)るすすきかな   巒寥松
はな薄河童とらへし沙汰のある   巒寥松
翌日はく草鞋(わらじ)打つ家の芒かな   建部巣兆
穂芒や舟に灯ともす墨田川   白兎
山中(さんちゅう)の一はし戦(そよ)ぐ芒かな   成田蒼虬
山伏の螺(ほら)に静まる芒かな   成田蒼虬
分行くもやすし芒も穂に出でて   成田蒼虬
(注)旅に出る桜井梅室への送別の句。
花芒翌(あす)の哀れを吹残す   成田蒼虬
猪(しし)追ふや芒を走る夜の声   小林一茶
手の届く松に入日や花芒   小林一茶
ちる芒寒くなるのが目に見ゆる   小林一茶
古郷や近よる人を切る芒   小林一茶
土橋の下にも招く芒かな   桜井梅室
招くとて岩角たたく尾花かな   桜井梅室
水つきの泥の中より尾花かな   桜井梅室
不尽の峰こすや芒の波頭   大原其戎
砂山に根強くなりぬ花芒   堤梅通
日蝕や芒の上を風が吹く   岩波其残
押分けて舟呼ぶ声や花芒   松本花朝女
穂芒の妙貞信女を埋めにけり   杉村涙骨
丘半ば墓地となりたる芒かな   松田竹嶼
浦近うなる川幅や花芒   寺野守水老
牛群れて小川を渡る尾花かな   内藤鳴雪
芒わけて甘藷先生の墓を得たり   正岡子規
(注)甘藷先生は甘藷(さつまいも)を普及させた青木昆陽の愛称。
船の灯の夜の薄を照らしけり   尾崎紅葉
取り留むる命も細き薄かな   夏目漱石
灰に濡れて立つや薄と萩の中   夏目漱石
(注)前書きに「阿蘇の山中にて道を失い」などとある。灰は阿蘇の火山灰。
淋しうてならぬ時あり芒見る   松瀬青々
洞穴を水迸(ほとばし)る芒かな   筏井竹の門
ぼうとして月ある野路の尾花かな   武田鴬塘
この道の富士になり行く芒かな   河東碧梧桐
花芒月にさはりし音なるかや   高浜虚子
ワガハイノカイミヨウモナキススキカナ   高浜虚子
(注)漱石の猫の死を、松根東洋城が電報で虚子に知らせた。この句はその返電。
金芒ひとかたまり銀芒ひとかたまり   高浜虚子
湖を隠くそうべしや花芒   高浜虚子
思わずの村に出でたり芒山   大谷繞石
川の中から月さしのぼる芒かな   青木森々
穂芒や地震(ない)に裂けたる山の腹   寺田寅彦
畑人に鳥影落つるすすきかな   臼田亜浪
暁の尾花むらさきふくみけり   臼田亜浪
影富士の消ゆくさびしさ花芒   臼田亜浪
琴を抱きて蜀の僧行く芒かな   羅蘇山人
霧脚のすばやき裾野芒かな   大須賀乙字
落睴(らっき)燃えて男ばかりや尾花照る   渡辺水巴
花芒平湯の径(みち)にかぶされり   前田普羅
樵(そま)人に夕日なほある芒かな   原石鼎
馬の鼻芒は食はでゆきにけり   原石鼎
みちのくの風の冷めたき芒かな   高橋淡路女
夜べ挿せし芒に修す忌日かな   富田木歩
(注)修すは、法会などを執り行うこと。
花すすき鈴鹿馬子唄いまありや   長谷川素逝
国原や到るところの菊日和   日野草城
岨(そま)に向く片町古りぬ菊の秋   芝不器男
ゆふべゆふべ薄の中に灯る家   松本たかし
我庭の良夜の薄湧く如し   松本たかし
をりをりに沼輝けば芒また   松本たかし
前山に雲見てかげる庭芒   松本たかし
甲斐駒に雪おく朝の尾花刈   石橋辰之助

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