相撲、角力、草相撲

相撲、角力(すもう)、宮相撲、草相撲、秋場所、九月場所

 「相撲」は宮廷の秋の行事であったため、秋の季語とされてきた。しかし現代の大相撲は初場所から九州場所まで(いずれも季語になっている)行われている。句会のではいまだに「相撲」を兼題とすることもあるが、その場合は他の場所と異なる「秋」の季節感を詠まねばならないだろう。江戸時代の句はその点おおらかで、相撲そのものを詠んで季節感のない句も少なくない。反面、それが相撲独特の味わいや情感を表している。

勝相撲淀鳥羽迄も見えたりや   西山宗因
(訳)勝ち力士が胸を張っている。淀や鳥羽(ともに京都内)まで見えたのではないか。
都にも住みまじりけり相撲取   向井去来
相撲とり並ぶや秋の唐錦   服部嵐雪
(訳)力士が化粧回しをつけて並んでいる。まるで色鮮やかな唐錦のようだ。
辻相撲みな前髪を贔負(ひき)にけり   小西来山
(注)前髪は元服前の若者。贔負は贔屓(ひいき)と同じ。
裸身に麻の匂ひや相撲取   森川許六
見物の鼻血おかしや辻相撲   森川許六
相撲場や荒れにし後は秋の風   森川許六
投げられて坊主なりけり辻相撲   宝井其角
上手ほど名も優美なり相撲取   宝井其角
よき衣(きぬ)の殊にいやしやすまひ取   宝井其角
水汲みのあかつき起きやすまふ触れ   宝井其角
これきりと思ひ日もあらん角力取   小川秋色女
(訳)堂々たるあの力士もいつか衰え、引退を決意する日が来るのだろう。
月代に勇み立けり草相撲   直江木導
(注)月代は、月が出る寸前に空が白く見える状態。月白。
田を刈りて相撲の声や村雀   川井智月尼
脱ぎ捨てて相撲になりぬ草の上   炭太祇
勝逃(げ)の旅人怪しや辻相撲   炭太祇
裸身に夜半の鐘や辻相撲   炭太祇
著物(着物)の失せてわめくや辻相撲   炭太祇
物言はば叱りやすらん相撲取   有井諸九尼
(訳)相撲取は怖そうだ。もし口を開けば、叱るのではないか。
負くまじき相撲を寝物語かな   与謝蕪村
(注)弱い力士に負けた夜の悔しさか、相撲を取る前夜の自信か。解釈に二説がある。
飛入りの力者(りきしゃ)あやしき角力かな   与謝蕪村
(訳)草相撲に飛び入りの男、もの凄く強くて「あれは誰だ」と怪しまれる。
夕霧や伏見の角力ちりぢりに   与謝蕪村
(訳)夕霧が立ち込めるころ、伏見稲荷の勧進相撲も終わり、観客も散っていく。
故里の座頭に逢ひし角力取   与謝蕪村
ちか付きの角力に逢ひぬ繍師(ぬいものし)   与謝蕪村
角力取つげの小櫛(おぐし)をかりの宿   与謝蕪村
訪ひよりしすまひうれしき端居かな   与謝蕪村
(注)知人かひいきの家に寄った力士、もてなしを嬉しそうにし、部屋の端に座っている。
あたま打つ家に帰るや角力取   与謝蕪村
よき相撲出てこぬ老の恨みかな   与謝蕪村
相撲取る男幾たり庭の秋   大島蓼太
しおらしや灸(やいと)すゑたる相撲取   大島蓼太
みどり子や見る目の前に相撲取   大島蓼太
負けずまふおのれをゆるすはなしかな   大伴大江丸
角力老いてやどもつ京の月夜かな   大伴大江丸
すまふとり並ぶや雨のひる餉(げ)どき   大伴大江丸
乗掛(のりかけ)の相撲に会いぬ宇津の山   大伴大江丸
(注)乗掛は荷物や人を運ぶ馬。人一人と荷物二十貫(75キロ)を載せたという。
老いにきと妻定めけり相撲取   黒柳召波
(訳)老いを感じた力士が、妻を決め、家を持つことになった。
子を抱いて行司に立つや辻角力   馬場存義
寒ければ衣(ころも)着にけり相撲取   加藤暁台
乱れ髪風情なるかな勝相撲   加藤暁台
(注)「勝相撲風情なるかな乱れ髪」もある。
すまひ取扇遣ひの見事かな   三浦樗良
相撲とり春やむかしのむかふ髪   蝶夢
(注)むかふ髪は向う髪。前髪と同じ。元服前の若者の意味もある。
摂待や袴着てゐる相撲取   吉川五明
ぞべぞべと着る物着たり相撲取   吉川五明
(注)ぞべぞべは、しまりの様子。ぞべらぞべら、とも言う。
嵐雪がその唐錦角力見ん   加舎白雄
(注)服部嵐雪の句、参照。
甲斐なしや後ろ見らるる負相撲   加舎白雄
やはらかに人分け行くや勝角力   高井几董
お相撲や五年前見し美少年   髙井几董
大徳と古郷を語るすまひかな   高井几董
(注)大徳(だいとく、だいとこ)は金持ち。
露の身と思ひもかけず相撲取   夏目成美
(注)相撲取が死去した時の句か。立派な体だけに、はかない命とは思えなかったのだろう。
秋の暮立(ち)出にけり相撲取   夏目成美
母親に見送られけり相撲取   松岡青蘿
相撲とり老いて上手にころびけり   巒寥松
痩馬にふんまたがりし相撲取   小林一茶
見ず知らぬ相撲にさへも贔屓(ひいき)哉   小林一茶
草花をよけて居(すわ)るや勝角力   小林一茶
勝相撲虫も踏まずに戻りけり   小林一茶
脇向いて富士を見るなり勝相撲   小林一茶
角力とりはるばる来ぬる親の塚   小林一茶
秋の雨小さき角力通りけり   小林一茶
(注)秋雨の項にも載せている。
べつたりと人の生(な)る木や宮相撲   小林一茶
負相撲其(の)子の親も見て居るか   小林一茶
うす闇(くら)き相撲太鼓や角田川(隅田川)   小林一茶
一すじの白髪目立つや角力取   秋山御風
無沙汰してひよろりと来たり勝角力   鳥越等栽
角力取通して人の崩れけり   三森幹雄
酒の座も馴れたものなり角力取   正木茂翠
小角力のひとり米つく夕かな   石川鶯洲
相撲取おとがひ長く老いにけり   村上鬼城
(注)おとがひ(い)は、顎(あご)のこと。
年若く前歯折りたる角力かな   正岡子規
相撲取小さき妻を持ちてけり   正岡子規
貧にして孝なる相撲負けにけり   高浜虚子
夕月夜畑の中の角力かな   板倉酔月
老相撲負けて戻つて小鳥飼ふ   岡本松浜
引分けた角力ほめるや西東   須藤呉羊
宿の子のかりのひいきや草相撲   久保より江
蒼天に髻(もとどり)とけし相撲かな   原石鼎
(注)髻は髪を頭の上に集め、束ねたところ。たぶさ(漢字は同じ髻)とも言う。

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