鮎は秋になると下流に向かって下り、河川の中流域から下流にかけて産卵する。落鮎というのは、下り出してから産卵、さらに河口から海へ至って死ぬまでの間の鮎を言う。しかし俳句で詠まれるのは、産卵後、海に下って死ぬばかり、という哀れな状態がほとんどだ。産卵期の鮎は体が黒味を帯び、粟粒ほどの突起も生じるので「錆鮎」「渋鮎」などと呼ばれる。
死ぬ事と知らで下るや瀬々の鮎 向井去来
水音も鮎渋(さ)びけりな山里は 服部嵐雪
一年(ひととせ)の鮎も渋(さ)びけり鈴鹿川 上島鬼貫
落鮎や一夜高瀬の波の音 立花北枝
落鮎や日に日に水のおそろしき 加賀千代女
鮎落ちていよいよ高き尾上かな 与謝蕪村
鮎落て焚火ゆかしき宇治の里 与謝蕪村
喰(い)て知る七玉川や鮎の秋 大島蓼太
(注)六ヶ所の玉川を六玉川(むたまがわ)という。ここが七番目の玉川の意。
落鮎や潮の闇に沈むまで 加藤暁台
落鮎の哀れや一二三の簗(やな) 加舎白雄
落鮎や畠も浸たす雨の暮 髙井几董
吉野鮎渋れば渋をはやさるる 小林一茶
(注)渋鮎(しぶあゆ)は錆鮎と同じ。
鵜の嘴(はし)をのがれのがれて鮎さびる 小林一茶
腹見する鮎の弱りや逆落し 桜井梅室
見るうちに鮎のさびるや市の雨 桜井梅室
増水や茨にささるる下り鮎 桜井梅室
おち果てて鮎なき淵の月夜かな 前田普羅
浅間鳴りしきのふや鮎の落ちつくす 吉田冬葉
鮎落ちて水もめぐらぬ巌かな 芝不器男
落鮎や空山崩(く)えてよどみたり 芝不器男