紅葉、初紅葉、黄葉、色葉

紅葉(もみじ)、初紅葉、薄紅葉、黄葉、下紅葉、色葉

 俳句でいう紅葉(みみじ)は秋に色付く木々の葉のことで、樹木名ではない。「露霜のために、もみださるるもの」(大言海)が「もみじ」だという。季語として「こうよう」の読みがないのは、黄葉(こうよう)との混同を避けるためか。ただし季語説明などの文中では「紅葉=こうよう」が用いられている。

 初紅葉はその年に初めて見た紅葉をいう。薄紅葉はまばらに色付いた葉のこと。下紅葉は下葉の紅葉。紅葉且つ散るは、紅葉の盛りに早くも散ること。歳時記では「初紅葉」「薄紅葉」「紅葉且つ散る」は紅葉と別の季語にするのが普通だが、この句集ではこの項に収めた。

錦手(にしきで)や伊万里の山の薄紅葉   西山宗因
(注)錦手は赤、緑など多くの色で模様を描いた陶磁器。伊万里焼に掛けている。
秋はただみな紅(くれない)とかかれたり   西山宗因
しらぬ人と物いひて見る紅葉哉   榎本東順
(注)榎本東順は其角の父。
古寺に紅葉も老(い)て幾昔   天野桃隣
雲半ば岩を残して紅葉けり   山口素堂
なぐれなん紅葉としらば黒木売   井原西鶴
(注)なぐれは、横にそれること。黒木売は炭を売り歩く京都・八瀬や大原の娘。
文ならぬいろは(色葉)もかきて火中かな   松尾芭蕉
(注)「いろはを書く」と「紅葉の色葉を掻く」を掛ける。芭蕉もこういう句を作った。
色付くや豆腐に落て薄紅葉   松尾芭蕉
(訳)薄紅葉が豆腐の桶に落ちた。豆腐の白さによって、紅葉の色が増すかのようだ。
人毎の口に有るなりしした(下)紅葉   松尾芭蕉
鼻紙の間の紅葉や君がため   池西言水
春日野にちりつもりてや色葉塚   池西言水
(注)色葉(いろは)に「ちりもつもりて」を掛ける。
相撲取ならぶや秋の唐錦(からにしき)   服部嵐雪
(注)力士の化粧回しを、紅葉模様の錦に見立てた句。「相撲」の項にも載せている。
関照るや紅葉にかこむ箱根山   小西来山
静かなり紅葉の中の松の色   越智越人
秋もはや岩に時雨れて初紅葉   森川許六
入相の滝に散込む紅葉哉   森川許六
口惜しや奥の龍田は見ぬ紅葉   森川許六
杉の上に馬ぞ見え来る村紅葉   宝井其角
(注)箱根峠の景。杉林のさらに上の尾根道を荷馬がやってくるのだ。
山姫の染がら流す紅葉かな   宝井其角
(注)山姫は山を守る女神。染がらは染め柄。染め出した色や柄。
腰押やかかる岩根の下紅葉   宝井其角
(注)腰押は、険しい坂道を登るとき後ろから腰を押してもらうこと。
白く候(そろ)紅葉の外(ほか)は奈良の町   上島鬼貫
八重無尽山染め上ぐる紅葉かな   立花北枝
朝紅葉老いが手に置く萩茶碗   志太野坡
船頭も米搗(つ)く磯の紅葉哉   各務支考
持網に白鮠(はえ)ふるふ紅葉かな   各務支考
(注)持網は魚をすくう四角の網。紅葉を背景に獲れた白鮠を振るい落としている。
花紅葉佐渡も見えたり浦の秋   各務支考
(注)花紅葉はこの場合、美しい紅葉の意味。
柴舟に水上ゆかし村紅葉   各務支考
むら紅葉烟草(たばこ)干したるつづき哉   立花牧童
黒雲にくはつと(かっと)日のさす紅葉かな   直江木導
膝見せてつくばふ鹿に紅葉哉   山岸半残
僅なる照日の前や初紅葉   松村月渓
木陰から出て日の暮るる紅葉哉   加賀千代女
寄らで過ぐる藤沢寺の紅葉哉   与謝蕪村
山暮れて紅葉の朱を奪ひけり   与謝蕪村
紅葉して寺あるさまの梢かな   与謝蕪村
むら紅葉会津商人なつかしき   与謝蕪村
西行の夜具も出て有る紅葉かな   与謝蕪村
ひつじ田に紅葉ちりかかる夕日かな   与謝蕪村
(注)ひつじ田は?田。稲を刈り終えたあと、再び芽が伸びだした田。
初紅葉お染といはば竜田山   与謝蕪村
二荒(ふたあら)や紅葉が中の朱(あけ)の橋   与謝蕪村
掃く音も聞えて淋し夕紅葉   大島蓼太
人足の帰り勝なる紅葉かな   大島蓼太
かざす手のうら透き通るもみぢかな   大伴大江丸
山里や煙斜(め)に薄紅葉   高桑闌更
紅葉ばや雲の下照る高雄山   高桑闌更
紅葉散りて竹の中なる清閑寺   高桑闌更
いづちよりいづち使(い)ぞ初紅葉   黒柳召波
(注)いづち(いずち)よりいづちは、どこからどこへ。
山土産の紅葉投(げ)けり上り口   黒柳召波
橋高し紅葉を埋む雨の雲   三浦樗良
交りやもみぢ照り添ふ小盃   三浦樗良
見めぐるや紅葉の絶間水寒し   三浦樗良
薄紅葉するよと見れば散りはじめ   加藤暁台
信楽(しがらき)茶山にまじる村紅葉   蝶夢
夕紅葉此(の)川下は薄かりし   加舎白雄
浮雲の紅葉に晴るる尾上(おのえ)かな   加舎白雄
暮れさむく紅葉に啼くや山がらす   加舎白雄
緋の僧のゆふべ踏みゆく紅葉かな   松岡青蘿
一もとの一目に余る紅葉かな   高井几董
桟(かけはし)に今日も翌(あす)ある紅葉かな   高井几董
薪樵(こ)る山姫見たり村紅葉   高井几董
何の木ぞ紅葉色濃き草の中   高井几董
手織り置きし紅葉かげろふ障子かな   高井几董
さながらに紅葉はぬれて朝月夜   高井几董
(注)さながらは、すべて、そっくり。
見る人の唇乾く紅葉かな   夏目成美
底澄みて魚とれかぬる紅葉哉   夏目成美
鵯(ひよどり)も来て悲しがる紅葉哉   夏目成美
二十日過ぎと言あてし木ぞ初紅葉   巒寥松
畠から下りる小寺の紅葉かな   成田蒼虬
紅葉みな夕紅(くれない)の中の滝   成田蒼虬
夕紅葉芋田楽の冷たさよ   小林一茶
日の暮れの背中淋しき紅葉かな   小林一茶
小男鹿の尻にべつたり紅葉哉   小林一茶
少し散る内や紅葉も拾はるる   小林一茶
大寺の片戸さしけり夕紅葉   小林一茶
(注)さすは「鎖す=閉ざす」
紅葉折る音一ト谷に響きけり   桜井梅室
家遠く闇に担(かた)げし紅葉かな   桜井梅室
此頃は昼月のある紅葉かな   桜井梅室
橋ありて水なき川や夕紅葉   岩波午心
竹伐りて日のさす寺や初紅葉   吾身
川上の湯守淋しき紅葉かな   原抱琴
紅葉してしばし日の照る谷間かな   村上鬼城
土くれに二葉ながらの紅葉かな   村上鬼城
箒持つて所化(しょけ)二人立つ紅葉哉   正岡子規
(注)所化は修行中の僧。
夕山の裾に紅葉の小村かな   正岡子規
幕吹いて伶人(れいじん)見ゆる紅葉かな   正岡子規
(注)伶人は雅楽などの音楽を奏する人。風が幕を吹き上げて、伶人が見えた。
真青なる紅葉の端の薄紅葉   高浜虚子
濃紅葉に涙せききる如何にせん   高浜虚子
落ち合うて川の名かはる紅葉かな   大谷句仏
日に焦げて上葉ばかりの紅葉かな   西山泊雲
山彦のわれを呼ぶなり夕紅葉   臼田亜浪
松の幹に今夕日ある紅葉かな   久保田九品太
夕紅葉とみに水音澄みわたり   鈴木花蓑
紅葉折る木魂(こだま)かへすや鏡石   前田普羅
紅葉あかるく手紙読むによし   尾崎放哉
大嶺に歩み迫りぬ紅葉狩   杉田久女
霧淡し禰宜(ねぎ)が掃きよる崖紅葉   杉田久女
強き灯の照らすところの紅葉かな   日野草城
夕冷の到る紅葉を手折りけり   日野草城
山の端に庵せりけり薄紅葉   松本たかし
大木にしてみんなみに片紅葉   松本たかし

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