霧、朝霧、夕霧、山霧、川霧、野霧、濃霧

 霧は水蒸気の多く含む空気によって、風景が霞んで見える状態を言う。古くは春、秋に関係なく「霞」あるいは「霧」と呼んでいたが、平安時代以降に春は「霞」、秋は「霧」と言い分けるようになったという。気象学的には水平視程1キロ未満が「霞」「霧」で、1キロ以上を「靄(もや=無季)」と言うが、俳句の場合はそれほど厳密ではない。

御座舟や霧間もれたる須磨明石   松江重頼
(注)御座舟は、身分の高い人が乗る舟。屋形船。
風に乗る川霧かろし高瀬舟   西山宗因
(注)高瀬舟は舳先が高く、底が平らな小型の荷舟。
あかし船一夜かぎりか朝霧か   西山宗因
(注)あかし船は大阪明石間の乗合船。
有明や比良の高根も霧の海   天野桃隣
晴るる夜の江戸より近し霧の富士   山口素堂
霧時雨富士を見ぬ日ぞ面白き   松尾芭蕉
(訳)富士が見えればいい景色だという。しかし霧で見えない風景も一興ではないか。
雲霧の暫時百景をつくしけり   松尾芭蕉
名月に麓の霧や田の曇り   松尾芭蕉
霧薄き空につづくや原の果   杉山杉風
菊畠奥ある霧の曇りかな   杉山杉風
朝霧や今は何ふむ水車   池西言水
露分けて我馬探る旦(あした)かな   小西来山
(注)探るは、探す。
日の出でて松は霧ぬくあしたかな   越智越人
薄霧や白鷺眠る湯の流れ   越智越人
朝霧や廊下をのぼる人の声   岩田涼菟
朝霧や空飛ぶ夢を富士颪(おろし)   宝井其角
霧雨は尾花がものよ朝ぼらけ   宝井其角
霧の中に何やら見ゆる水車   上島鬼貫
宇治川や朝霧立ちて伏見山   上島鬼貫
帆柱の並ぶや霧の向ひ島   立花北枝
朝寝する障子の隙(ひま)も霧の山   立花北枝
霧よりはこなたへ広し鳰(にお)の海   千子
(注)鳰の海は琵琶湖のこと。
霧雨や貴船の神子(みこ)と一咄(はなし)   菅沼曲翠
(注)貴船の神子は貴船神社の巫女(みこ)。
山霧や宮を守護なす法螺の貝   炭太祇
川淀や霧の下這ふ水烟(けむり)   炭太祇
(訳)淀んだ川に霧が込めている。よく見ると水面に煙が立ち、霧の下を這っている。
霧ながら大きな町へ出にけり   田河移竹
霧晴れて高砂の町まのあたり   与謝蕪村
朝霧や杭(くいぜ)打つ音丁々(とうとう)たり 与謝蕪村
朝霧や村千軒の市の音   与謝蕪村
人を取る淵はかしこか霧の中   与謝蕪村
(訳)人が落ちて死ぬという淵はあの辺だろうか。深い霧であたりはよく見えない。
霧ふかき広野にかかる岐(ちまた)かな   与謝蕪村
(注)岐は、分れ道。
朝霧や画に書く夢の人通り   与謝蕪村
すき通る霧の月夜や玉津島   勝見二柳
(注)玉津島は和歌山県和歌の浦の小島。現在は陸続き。
霧こめて那須野狩野の犬の声   加藤暁台
傘さして霧分け行くや山法師   高桑闌更
朝霧や濡れて起行く野辺の駒   高桑闌更
朝川や水汲みに入る霧の中   高桑闌更
見おろすや霧に灯(ひとも)す十万家   高桑闌更
石火矢に出で行く船や霧のひま   黒柳召波
(注)石火矢は、大砲のこと。
山霧の梢に透ける朝日かな   黒柳召波
霧の外や蜻蛉の群るる旭影   吉川五明
朝霧や晴るるに間なき山のきれ   加舎白雄
霧はれて露のながるるばせお(芭蕉)かな   加舎白雄
草の原きりはれて蜘(くも)の囲白し   加舎白雄
霧深し何呼(ば)りあふ岡と舟   高井几董
朝霧や施米こぼるる小土器(かわらけ)   高井几董
霧こめて道行く先や馬の尻   高井几董
山霧の梢に透る朝日かな   黒柳召波
霧雨や白き菌(きのこ)の名は知らず   岩間乙二
露寒し我足跡を又帰る   岩間乙二
朝霧にまぎれて出でむ君が門   江森月居
牛もうもうもうと霧から出たりけり   小林一茶
有明や浅間の霧が膳を這う   小林一茶
狭筵(さむしろ)や一文橋も霧の立つ   小林一茶
夕暮やおばばが松も霧が立つ   小林一茶
夕霧や馬の覚えし橋の穴   小林一茶
(訳)夕霧が立ち込めてきた。しかし馬は橋の穴を覚えていて、難なく渡っていく。
一藪は別の夕霧かかるなり   小林一茶
山霧のさつさと抜ける座敷かな   小林一茶
山霧の通り抜けたり大座敷   小林一茶
山霧や瓦の鬼が明く口へ   小林一茶
薄霧の引つからまりし垣根かな   小林一茶
秋霧や河原なでしこりんとして   小林一茶
旅人は皆をさまりぬ霧の中   桜井梅室
川舟の菰(こも)に残るや霧の露   馬来
山霧や障子際から夜の明くる   巒寥松
霧の海海より深く見ゆるなり   小野素水
霧晴やみなこちら向く山のなり   細木香以
樵夫(きこり)二人だまつて霧を現はるる   正岡子規
川霧や鳥群れて飛ぶ舟の上   正岡子規
中天に並ぶ巌あり霧の奥   正岡子規
山霧の奥も知られず鳥の声   正岡子規
霧黄なる市に動くや影法師   夏目漱石
霧を告ぐ妻とく(疾く)起きて有りにけり   松瀬青々
霧晴れて日のさす馬の額(ひたい)かな   巌谷小波
轟々(ごうごう)と霧の中行く列車哉   徳田秋声
荒滝の霧を裂くこと五百尺   石井露月
奇(く)しきまで夜霧ふかしや燭を前   河東碧梧桐
霧晴れて川沿ひ露の寒さかな   河東碧梧桐
霧雨や山を見上ぐる山の茶屋   佐藤紅緑
燈台に低く霧笛は峙(そばだて)り   高浜虚子
葉末垂るる雫となれば霧霽(は)るる   篠原温亭
大木を伐るこしらへや霧の中    西山泊雲
(注)こしらへ(拵え)は、準備のこと。
街の灯の一列に霧動くなり   臼田亜浪
夢がちに明けて湖霧さわぐなり   臼田亜浪
朝霧や兵(つわもの)船に太鼓鳴る   羅素山人
寄生木(やどりぎ)のうすうす見えて霧の中   鈴木花簑
山国の夜霧に劇場(しばい)出て眠し   渡辺水巴
ただ一声鳥の高音や霧の奥   阿部次郎
霧の夜や幻めぐる古卓子   阿部次郎
登校や流るる霧に逆らひて   前田普羅
霧終(つい)に音たてて降る旭かな   原石鼎
霧はれて湖におどろく寒さかな   飛鳥田孋無公
牛乳を呼ぶ夜霧の駅は軽井沢   川端茅舎
ルンペンの早きうまいに夜霧ふる   篠原鳳作
(注)ルンペンはホームレス。うまいは熟睡。
霧の道現れ来るを行くばかり   松本たかし
霧ふかき積石(ケルン)に触るるさびしさよ   石橋辰之助
霧の夜のひとつ灯さげて牧舎出づ   石橋辰之助
霧にほふおもき戸障子のうちにねむる   石橋辰之助
霧の夜の茶碗におつる小虫かな   石橋秀野

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