稲はイネ科の一年草の作物。東南アジアを起源とし、日本への伝播は縄文時代とされる。日本で栽培されるのはほとんどジャポニカ種(日本型)で、このほかにインディカ種(インド型)、ジャバニカ種(ジャワ型)がある。栽培地によって水稲(すいとう)、陸稲に、成熟の時期によって早稲、中稲、晩稲に分けられる。また澱粉の質によって、粳米(うるちまい=普通の米)と糯米(もちごめ)の二種に分かれる。
現代では稲そのものより、稲刈が多く詠まれている。そのため本句集では、歳時記の『生活』の項にある「稲刈り」と「落穂拾い」を「稲」の後ろに置いた。
賎屋(しずや)まで秋はいな葉や出来分限 西山宗因
(注)分限は「それなり」。
早稲の香やわけ入る右は有磯海 松尾芭蕉
里人は稲に歌よむ都かな 松尾芭蕉
早稲の穂や打ちかたぶきて風ゆるき 杉山杉風
片岡の萩や刈りこす稲の端 窪田猿雖
美しき稲の穂波の朝日かな 斎部路通
松風の賦をさざ波や早稲晩稲 池西言水
立ち出でて侍にあふや稲の原 椎本才麿
馬買ひてつなぐまがきや稲の花 椎本才麿
吹く風や稲の香匂ふ具足櫃(ぐそくびつ) 上島鬼貫
稲かつぐ母に出迎ふうなゐかな 野沢凡兆
(注)うなひゐ(髫髪=うない)は、髪を首筋で束ねた子供の髪形。幼児の意味もある。
城見えて朝日に嬉し稲の中 各務支考
早稲の香や伊勢の朝日は二見より 各務支考
早稲の香や蟹踏みつくる磯の道 各務支考
早稲の香や雇ひ出さるる庵の船 内藤丈草
早稲の香や有磯(ありそ)めぐりの杖の跡 浪化
稲むしろ近江の国の広さかな 浪化
行く人や門田の早稲の籾(もみ)づもり 槐諷竹
海にそふ北に山なし稲百里 立花北枝
穂隠れや鳥追舟の棹の先 立花北枝
(注)鳥追舟は稲の鳥を追う払うために用いる舟。
引きまはす襖戸(ふすま)の外も稲屏風 立花北枝
早稲の香や聖(ひじり)とめたる長(おさ)がもと 与謝蕪村
夕凪や鶴も動かず稲筵(いなむしろ) 大島蓼太
(注)稲筵は、稲が実って倒れそうになり、筵のように見える状態。
風流も先ず是からぞ稲の花 高桑闌更
道暮れて稲の盛りぞ力なる 加藤暁台
稲の香の目覚て近し五位の声 加藤暁台
川稲の香取をさして潮来船 加藤暁台
稲の穂をおこして通る田道かな 蝶夢
いな筵(むしろ)海まで与謝の郡(こおり)かな 蝶夢
白河はひくき在所や稲のはな 蝶夢
同じながら稲葉の露ぞ潔き 加舎白雄
かけ稲や洗ひあげたる鍬の数 加舎白雄
稲の花嵐の旬も早や過ぎし 加舎白雄
湖の水のひくさよ稲の花 井上士朗
晴れて行く雨や隣の稲の上 成田蒼虬
早稲の香やむく起きながら遠歩行 成田蒼虬
大寺の朝寝も見たり稲の露 成田蒼虬
四五本の稲もそよそよ穂に出ぬ 小林一茶
稲の花大の男の隠れけり 小林一茶
稲の香や葛西平のばか一里 小林一茶
利根川や稲から出でて稲に入る 小林一茶
早稲の香や夜さりも見ゆる雲の峰 小林一茶
(注)夜さりは、夜が近づくころ。
稲の浪はるばると来て枕元 桜井梅室
白浪のたつ夜は明けて稲の花 穂積永機
榛(はん)の木に晩稲掛けたり道の端 正岡子規
湯治二十日山を出づれば稲の花 正岡子規
稲の香や月改まる病(やみ)心地 夏目漱石
家めぐり早稲にさす日の朝な朝な 松瀬青々
稲の中水の音して日和かな 野田別天楼
蝗(いなご)飛んで日に日に稔る晩稲かな 高浜虚子
山の温泉(ゆ)へ中稲(なかて)の畔を通りゆく 上川井梨葉
晩稲田に音のかそけき夜の雨 長谷川素逝
立ちてまだ住まぬ一棟稲の秋 日野草城
世の中は稲刈る頃か草の庵 松尾芭蕉
見る内に畦(あぜ)道塞ぐ刈穂かな 杉山杉風
刈りながら話は稲の実入かな 杉山杉風
里々の田刈り祝ふや猿廻し 杉山杉風
稲刈りのその田の端や扱き所 森川許六
稲舟も引くや野菊の溝伝ひ 森川許六
居所を稲木に移す野鳥かな 水田正秀
夕陰や膝に稲置く大仏 岩田涼菟
草刈の大人になりて田刈かな 横井也有
去年のは蓑にして着て田刈かな 横井也有
案山子殿世話であつたと田刈かな 横井也有
植えた手は機(はた)を織らせて田刈かな 横井也有
(注)田植をさせた早乙女には機を織らせ、男が稲を刈っている。
稲刈りて小草に秋の日の当る 与謝蕪村
したたかに稲荷(にな)ひゆく法師かな 与謝蕪村
掛稲に鼠鳴くなる門田かな 与謝蕪村
重たさや笑ふて力む稲荷なひ 素行
息ふきに鎌の曇れり朝刈田 青苑
夜田刈や明けて休らふ身でもなし 高桑闌更
見る人もなき月の田毎を刈る身かな 高桑闌更
何かせん稲刈頃のかかり人 黒柳召波
わりなしや法師夜田刈る月の前 加藤暁台
稲たんとつけて短し馬の首 岩間乙二
首出して稲つけ馬の通りけり 小林一茶
稲つけて馬が行くなり稲の中 正岡子規
耶馬溪の岩に干したる晩稲かな 杉田久女
鶏の卵(かい)産み捨てし落穂かな 宝井其角
禅門の数珠持そふる落穂かな 直江木導
落穂拾ひ日当る方へ歩み行く 与謝蕪村
中々に落穂拾はずや尉(じょう)と姥(うば) 与謝蕪村
(注)尉は能の老翁、姥は老女
油買うて戻る家路の落穂哉 与謝蕪村
足跡のそこら数ある落穂かな 黒柳召波
目出度さよ稲穂落散る道の傍 黒柳召波
日本の外が浜まで落穂哉 小林一茶
落穂拾ふ子に北国の雲低(た)れつ 石井露月
うしろ手をときては拾ふ落穂かな 松藤夏山
沈む日のたまゆら青し落穂刈り 芝不器男