花野

 8月末頃から9月、秋の七草をはじめとした花々が一斉に咲き競っている野原を花野と言う。人の手の加わらず、すべて自然のままに咲く野の花の集まりである。一面に花が咲き乱れる秋の野は華やかだが、春の野原にはない寂しさ、侘しさも秘めている。1、2ヶ月もたてば、枯野になって行く。

十人が十花に遊ぶ野山かな   西山宗因
松葉掻く人かすかなる花野かな   伊藤信徳
里人は突(き)臼かやす花野かな   井原西鶴
(注)かやすは「返す」。里人が借りた臼を返しに行く風景だという。
行く我もにほへ花野を来るひとり   池西言水
から風に片頬さむき花野かな   森川許六
野の花や月夜恨めし闇ならよかろ   上島鬼貫
(訳)月夜の花野で花を踏んでしまった。闇夜なら踏んだことに気付かなかったのに。
あれこれを思ひはつれる花野かな   内藤丈草
(注)思ひはつは「思い果つ」。思い切る。
馬からは落ちねど一夜花野かな   各務支考
追剥(おいはぎ)の行衛も知らぬ花野かな   各務支考
山臥(やまぶし)の火を切りこぼす花野かな   志太野坡
(訳)放浪の修行僧が火打石を打ったようだ。夕暮れの花野に火花が散っている。
海士(あま)が子のうるめをかへす花野哉かな   志太野坡
(訳)漁師の子が戸外で、うるめ鰯の干物を焼き、裏返している。そこも花野である。
後で見た座頭追付く花野哉   横井也有
(訳)後ろに見えていた盲人(按摩などか)に追いつかれた。花野をゆっくり来たからだ。
仏への土産出来たる花野かな   横井也有
川音の昼は戻りて花野かな   加賀千代女
見送るに目の離されぬ花野かな   加賀千代女
蝶々の身の上知らぬ花野かな   加賀千代女
道筋の細う暮れたる花野かな   伊藤風国
息あらくよごるる馬も花野哉   野径
一筋は花野に近し畠道   烏粟
二里といひ一里ともいふ花野かな   炭太祇
松明(たいまつ)消て海少し見ゆる花野哉   与謝蕪村
広道へ出て日の高き花野かな   与謝蕪村
行きぬけて知る人に逢ふ花野かな   与謝蕪村
追剥に夜はふりかはる花野哉   大島蓼太
あだし野に行き当りたる花野哉   大島蓼太
(注)あだし野は京都・嵯峨の化野か。火葬場、墓場の意味もある。
一雨に流れ濁りて花野かな   夏目成美
吹き消したやうに日暮るる花野かな   小林一茶
金襴の袈裟(けさ)吹れ行く花野かな   桜井梅室
手をうたば雲にひびかん花野かな   柏崒
四方から日の暮れかかる花野かな   巒寥松
田の水の余りてぬかる花野かな   外山千畝
徑(こみち)なる業平道も花野かな   松瀬青々
墾(ひら)かずに人の住みゐる花野かな   松瀬青々
長く引きて雲のはすかふ花野かな   松瀬青々
二上(ふたかみ)の奥は知られぬ花野かな   松瀬青々
(注)二上は奈良と大阪にまたがる山。二上山(ふたかみやま・にじょうさん)。
君を訪ふて雨の花野を帰りけり   徳田秋声
芒谷下りて果てなき花野かな   河東碧梧桐
年古りし花野の中の松一と木   高浜虚子
浅間山前掛山と花野ゆく   高浜虚子
高山の中に日暮るる花野かな   大須賀乙字
天渺々(びょうびょう)笑ひたくなりし花野かな   渡辺水巴
雪嶺へ日影去りにける花野かな   渡辺水巴
松の下の墓見て通る花野かな   原抱琴
額(ぬか)へやる我手つめたき花野かな   原石鼎
我死ぬ家柿の木ありて花野見ゆ   中塚一碧楼
観世音おはす花野の十字路   川端茅舎
みずうみの水のつめたき花野かな   日野草城
華厳見し雄心(おごころ)覚めぬ花野行く   松本たかし

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