秋の水、秋水

 名刀をたとえて「秋水」と言うように、秋の水は澄みわたり、きりりと引き締まった感じがする。イメージとしては川、湖、沼、沢など自然にある淡水が相応しいような気がするが、冷ややかに澄み渡った水であれば、海でも、田んぼや人工的な池の水でも秋の水とされている。

秋の水淡路島根をかこひけり   向井去来
眠りたる目を洗はばや秋の水   向井去来
狼の浮木に乗るや秋の水   宝井其角
竹の葉に落込む音や秋の水   中川乙由
うち出でておもふ堅田や秋の水   炭太祇
田に落ちて田を落行くや秋の水   与謝蕪村
二股に細る哀れや秋の水   与謝蕪村
横に見て舟の薄さや秋の水   堀麦水
秋の水竹の根がらみ流るなり   加藤暁台
秋の水心の上に流るなり   加藤暁台
茫々と芒(すすき)折れ伏す秋の水   加藤暁台
かくばかり秋の色また秋の川   加藤暁台
鯉飛んで後に音なし秋の水   蝶夢
生は疾(と)く死は歴(へ)て告げよ秋の水   加舎白雄
鴛(おし)鴨の毛衣染めよ秋の水   井上士朗
窓の灯の際から深し秋の水   田川鳳朗
澄むものの限り尽くせり秋の水   岩間乙二
狭筵(さむしろ)や秋の戸口の日南(ひなた)水   岩間乙二
昼中の月すむ谷や秋の水   松岡青蘿
松杉は静かな木なり秋の水   鳥越等栽
青き葉の沈みたる見ゆ秋の水岩波其残
翡翠(かわせみ)の来たらずなりぬ秋の水   正岡子規
ゐもり浮いて鯉深く潜む秋の水   正岡子規
秋の水泥しづまつて魚もなし   正岡子規
魚の眼の鋭くなりぬ秋の水   佐藤紅緑
盲(めし)ひたりせめては秋の水音を   高浜虚子
すかし見る藪の中なる秋の水   高浜虚子
鱒池の底砂白し秋の水   寒川鼠骨
木の股に木の葉と湛(た)ふる秋の水   大須賀乙字
(注)湛ふるは、いっぱいになっている、たたえる。
さざめきて秋水落つる山家かな   前田普羅
祭鍋そそぐ秋水山より来   前田普羅
白日や鼠渡りし秋の水   大谷碧雲居
逆立ちて藻を出(で)し魚や秋の水   原石鼎
身のまはり更けてきこゆる秋の水   日野草城
十棹(とさお)とはあらぬ渡しや水の秋   松本たかし
(訳)棹を十回つくほどもなく向う岸へ着く渡し。水の趣はいかにもは秋。

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