夕顔

 夕顔はウリ科の蔓性植物。花は胡瓜の花を白く大きくした形。夕方に咲き、昼近くにしぼむ。花の時期は7月ごろからで、朝顔(秋の季語)とほぼ同じだが、夏の季語になっている。夕顔の実(秋の季語)は直径30センチほどになり、細くむかれて干瓢(かんぴょう)になる。

 ヒルガオ科の「夜顔」(夜会草)も通称は「夕顔」。夕顔とは別の植物だが、朝顔市などでは「夕顔」として売られており、現在では本物の夕顔のお株を奪った形。夕顔の俳句の中にも実は「夜顔」の句がありそうだ。

夕顔やひらけばひらく半じとみ   松江重頼
(注)半じとみは半蔀。蔀は日光や風雨を防ぐ戸。
夕顔にみとるるや身もうかりひよん   宗房
(注)うかりひょんは、うっかりしている様子。
夕顔や行水すつる垣あかり   岡西惟中
夕顔や酔て顔出す窓の穴   松尾芭蕉
夕顔の白く夜の後架に紙燭(しそく)とりて   松尾芭蕉
(注)源氏物語「夕顔」を念頭に置き、漢詩風、破調を試みた句。後架はトイレ。
夕顔の屋根に桶干す雫かな   江左尚白
夕顔に雑炊あつき藁(わら)屋かな   越智越人
夕顔や白き鶏垣根より   宝井其角
砂川や夕顔のある屋根の上   野沢凡兆
夕顔や人待つ女見つけたり   横井也有
夕顔や提灯つるす薬師堂   横井也有
夕顔や女子(おなご)の肌の見ゆる時   加賀千代女
ゆふがおや物にかくれてうつくしき   加賀千代女
夕顔やそこら暮るるに白き花   炭太祇
ゆふがほや竹焼く寺のうすけぶり   与謝蕪村
夕顔や早く蚊帳つる京の家   与謝蕪村
夕顔や武士一腰(ひとこし)の裏つづき   与謝蕪村
(注)一腰は、刀のこと。
夕顔の花噛む猫や余所ごころ   与謝蕪村
(注)余所ごころは、よそよそしい心。
夕がほや物を借り合ふ壁のやれ(破れ)   堀麦水
夕顔や物着に宿へ帰る人   堀麦人
夕貌やかぞへどまりに星ひとつ   大島蓼太
(訳)夕顔が咲いた。一つ二つ……、と数え終えて、空を見たら、宵の明星が。
裸子の夕がほさしてかくれけり   大伴大江丸
(訳)裸の子が「夕顔に見られている」と指さし、恥ずかしそうに隠れてしまった。
夕貌や妹(いも)見ざる間に明けにけり   高桑闌更
(訳)庭に夕顔が咲いている。ああ、恋人が来ないうちに夜が明けてしまった。
夕顔や用所見て置く旅の宿   黒柳召波
(注)この場合の用所は、トイレ。
ゆふがおや大工の建てぬ家ひとつ   吉分太魯
ゆふがほの中より出づる主かな   三浦樗良
夕顔の花暁にうち見たり   加藤暁台
夕顔の花をちからや木曽の奥   加藤暁台
夕顔や花の上なる籠り堂   加舎白雄
ゆふがほに阿児(あこ)と呼ぶ子は女なり   加舎白雄
(注)阿児、吾児(あこ)は、目下の子供に親しみを込めて呼びかける語。
夕がほやもたせかけたる老の杖   井上士朗
ゆふ顔の上に行合ふ煙かな   成田蒼虬
夕顔に久しぶりなる月夜かな   小林一茶
夕貌に尻を揃へて寝たりけり   小林一茶
楽剃りや夕顔棚の下住居(すまい)   小林一茶
(注)楽剃りは、信仰心は薄く、軽い気持で剃髪すること。
夕顔や眉描きにゆく宿の妻   萩原乙彦
夕顔に車寄せたる垣根かな   正岡子規
淋しくもまた夕顔のさかりかな   夏目漱石
夕顔や人の庭なる通り路   佐藤紅緑
夕顔の夜々に咲き競ふ鉢二つ   西山泊雲
夕顔ひらく女はそそのかされ易く   竹下しずの女
夕顔のひらきかかりて襞(ひだ)深く   杉田久女
夕顔を蛾の飛びめぐる薄暮かな   杉田久女
夕顔や病後の顔の幼なぶり   富田木歩

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