卯の花、うつぎの花

 卯の花の“本名”は空木(うつぎ)。山野によく見る落葉低木で、庭木や垣根、畑の境などにも用いられてきた。初夏に小さな白い花をつける。一般的に「卯の花」と呼ばれるものは釣鐘型で、長さ1センチ余りの花弁が五裂している。同種のバイカウツギは梅の花のように咲き、ウツギの花より大きく美しい。

 唱歌「夏は来ぬ」の「卯の花の匂う垣根に」によって、芳香を放つ花とも思われがちだが、実際のところ香りはさほどではない。

卯の花も白し夜半の天の川   池西言水
卯の花をかざしに関の晴着かな   河合曾良
(注)奥の細道、白河の関での作。卯の花を関を越える際の飾りにしよう、の意。
うのはなの絶間たたかん闇の門   向井去来
(訳)闇夜に白い卯の花垣根が続く。その途切れた所が門だろう。
卯の花に蘆毛の馬の夜明かな   森川許六
(注)蘆(葦)毛は白色に黒、茶などが混じる馬の毛色。年をとると白馬になる。
卯の花やいずれの御所の加茂詣   宝井其角
(注)御所は身分の高い人の敬称。加茂詣は賀茂神社への参詣。
卯の花やちぎれちぎれに雲の照り   各務支考
山かげで卯の花咲きぬ須磨明石   各務支考
卯の花や其(その)垣とは見えざりし   横井也有
(訳)卯の花が咲いて垣根が真っ白になった。咲く前の垣根とは見違えるほどだ。
卯の花は日をもちながら曇りけり   加賀千代女
(訳)空は曇ってきたが、真っ白な卯の花には日の光が残っている。
卯の花のこぼるる蕗の広葉かな   与謝蕪村
卯の花や妹(いも)が垣根のはこべ草   与謝蕪村
(注)卯の花垣の下に生えるはこべに目を留めている。妹は恋人か親しい女性だろう。
うの花や庵へ寝にくる小商人   与謝蕪村
卯の花や彳(たたず)む人の透き通り   堀麦水
(注)真っ白な卯の花の中に人が立つ。作者は、透き通るようだ、と感じた。
卯の花や茶俵作る宇治の里   黒柳召波
卯の花に貴舟のみこの箒かな   黒柳召波
(注)京都・貴船神社に散り敷く卯の花を、巫女(みこ)が掃いている、という情景。
卯の花の散るや遊行の砂の上   蝶夢
卯の花の中行く簑のしずくかな   加藤暁台
卯の花の中に崩れし庵かな   三浦樗良
うの花や籬(まがき)見こしに夜の海   加舎白雄
卯の花や迷い子戻る里の家   夏目成美
卯の花や物なつかしき古蔀(しとみ)   成田蒼虬
(注)蔀は、日光や風雨を防ぐ板。
宵闇や卯の花白き水溜り   夏目吟江
卯の花にしめつぽくなる畳かな   小林一茶
うの花に一人きりの社かな   小林一茶
寝所見るほどに卯の花明りかな   小林一茶
有明は卯の花垣の白かりし   二葉亭四迷
押しあうて又卯の花の咲きこぼれ   正岡子規
卯の花や馬に物言ふ蓑の人   巌谷小波
卯の花や家をめぐれば小さき橋   泉鏡花
卯の花の夕べの道の谷へ落つ   臼田亜浪
卯の花や小橋の前のくぐり門   永井荷風
空は我を生みし蒼さや花卯ツ木   渡辺水巴
顔入れて馬も涼しや花卯木   前田普羅

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