鵜、鵜飼、鵜匠、鵜篝

鵜、鵜飼、鵜舟、鵜匠、鵜篝(うかがり)、鵜籠、荒鵜、川鵜

鵜飼は鵜を使って川魚(主として鮎)を取る漁業。飛鳥・奈良時代は鵜を自由に獲らせて、呼び寄せてから魚を吐かせる「放ち飼い」で、漁は夜に限らなかった。平安時代から、鵜に綱をつけて操る「つなぎ鵜飼い」となり、夜に篝を焚いて貴族らのための観光的な行事になった。江戸時代以降は庶民の間にも広まり、岐阜・長良川の鵜飼が特に有名になる。芭蕉の「面白うて──」も、長良川での句。

 歳時記では「鵜」を『動物』(夏)、「鵜飼」関係は『生活』(夏)に分類されているが、本句集では双方を『動物』の項に統一した。作例では鵜飼関係が圧倒的に多い。

煤けたる鵜匠が顔や朝朗(あさぼらけ)   天野桃隣
面白うてやがてかなしき鵜舟かな   松尾芭蕉
鵜のつらに篝こぼれてあはれなり   山本荷兮
餌かひして戻る篝や鵜の勢(きお)い   河合曾良
(注)餌かひは、餌飼い。鳥獣に餌を与えること。
声あらば鮎も鳴くらん鵜飼舟   越智越人
(訳)船に戻された鵜が鳴きながら鮎を吐き出している。鮎も声が出るなら鳴くのだろう。
細道に篝こぼるる鵜舟かな   森川許六
声かけて鵜縄をさばく早瀬かな   岩田涼菟
吐ぬ鵜のほむらにもゆる篝かな   宝井其角
鵜につれて一里は来たり岡の松   宝井其角
鵜と共に心は水をくぐり行く   上村鬼貫
鵜飼火に燃えてはたらく白髪(しらが)かな   立花北枝
葬の火の渚(なぎさ)に続く鵜舟かな   内藤丈草
首立てて鵜のむれ上る早瀬かな   浪化
中食に鵜飼のもどる夜半かな   浪化
列立てて火影行く鵜や夜の水   炭太祇
ゆふだちの月になりぬる鵜川かな   炭太祇
鵜舟見る岸や闇路をたどりたどり   炭太祇
いさぎよし鵜の胸分けの夜の水   炭太祇
うつつなや鵜の吐く鮎のまだぬくし   溝口素丸
(注)うつつなしは、現無し。現実感がない。
しののめや鵜をのがれたる魚浅し   与謝蕪村
老なりし鵜飼ことしは見えぬかな   与謝蕪村
むら雨の鵜の火に過ぐる光かな   与謝蕪村
朝風に吹さましたる鵜川哉   与謝蕪村
只一人鵜河見にゆくこころ哉   与謝蕪村
夜やいつの長良の鵜舟曾(かつ)て見し   与謝蕪村
口明いて鵜のつく息に篝かな   与謝蕪村
うしろから月こそ出づれ鵜飼舟   大島蓼太
つかれ鵜の腮(あぎと)に月のしずくかな   大伴大江丸
(注)腮は、あご。
鵜の面(つら)に川波かかる火影かな   高桑闌更
家近く鵜の声戻る夜明かな   高桑闌更
曲がり江にものいひかはす鵜ぶねかな   黒柳召波
早瀬とは鵜の火に見ゆる遥かかな   黒柳召波
吐かす鵜と放つ鵜縄のいとまなみ   黒柳召波
(注)いとまなみは、暇(いとま)無み。暇がないままに。
鵜つかひを見に来し我ぞ浅ましき   三浦樗良
昼凄き鵜飼の宿の鼾かな   吉川五明
鵜の嘴(はし)に魚とり直す早瀬かな   加舎白雄
鵜のかがり消えて暁の水寒し   松岡青蘿
昼の鵜の現(うつつ)に鳴くか籠のうち   松岡青蘿
暁の鵜舟に残るけぶりかな   井上士朗
待ほどもなくて過ぎゆく鵜船かな   井上士朗
鵜のかがり消えて長良に灯の一つ   井上士朗
眼の前の山は消えけり鵜の篝   可龍
労(つか)れ鵜や雫ながらに山を見る   夏目成美
薄月やあら鵜休むる宵の程   夏目吟江
山風や是までと見ゆる鵜のかがり   成田蒼虬
落くるやむしも松葉も鵜の篝   成田蒼虬
草の風やがて出てくる鵜船哉   成田蒼虬
鵜匠らがひたと濡れたり小夜嵐   岩間乙二
雄鹿山も鵜も見ずなりぬ雨つづき   岩間乙二
夕やけのさむるにはやし鵜川人   岩間乙二
月よしと来ればいぬ(去ぬ)る鵜舟かな   江森月居
叱られてまた疲れ鵜の入りにけり   小林一茶
(訳)鵜は魚を吐いた後、疲れて元気がない。鵜匠に叱られて、また川に入っていく。
鵜舟から日暮れ広がるやうすかな   小林一茶
鵜匠(うだくみ)や鵜を遊ばする草の花   小林一茶
鵜もふねも煙まとうて過(ぎ)にけり   桜井梅室
舟ばたに心はなさぬあら(荒)鵜かな   桜井梅室
風吹て篝のくらき鵜川かな   正岡子規
闇中に山ぞ峙(そばだつ)鵜川かな   河東碧梧桐
鵜匠名を勘作と申し哀れなり   夏目漱石
鵜飼の火川底見えて淋しけれ   村上鬼城
川上の空まず焦げて鵜舟かな   籾山梓月
鵜の首に手を置き話す鵜匠かな   米津一洋
篝火や引き上げらるる鵜のたけり   小沢碧童
篝火に面(おもて)静けき鵜匠かな   楠目橙黄子
疲れ鵜の細きうなじを並べけり   長谷川素逝

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