田植、田植歌、早乙女(さおとめ)、苗代(なえしろ)

 田植の時期はおおむね陽暦の五月中で初夏にあたる。歳時記によっては「六月」あるいは「仲夏」などとしており、現代の一般的な認識からずれているものもある。

 かつて田植は地域単位の共同作業として行われており、主として女性(早乙女と呼ぶ)がこれを担当、手甲(てっこう)、脚絆(きゃはん)、赤い襷(たすき)という格好で、一列に並び、田植歌を歌いながら植えていった。田植の機械化が進んだ現在、このような風景や情緒は全くなくなったが、俳句では依然として「手植え」の田植の様子がよく詠まれている。

 

日本には我等ごときも田唄哉   西山宗因
田一枚植えて立ち去る柳かな   松尾芭蕉
(注)植えて立ち去ったのは田植人か、芭蕉か。柳が立ち去った、という珍説もある。
風流のはじめや奥の田植歌   松尾芭蕉
(注)奥の細道・須賀川での句。田植歌を聞き、この旅の風流の初めか、の意味。
早乙女の見に行く宮の鏡かな   池西言水
早乙女やよごれぬ物は歌ばかり   小西来山
(注)江戸時代は人口に膾炙(かいしゃ)したが、近世以降は「理屈の句」として不評。
産み月の腹をかかへて田うゑかな   森川許六
麦跡の田植や遅き蛍どき   森川許六
早乙女の五月雨髪や田植笠   森川許六
早乙女の祭りのやうに揃ひ出る   岩田涼菟
早乙女に足あらはるる嬉しさよ   宝井其角
汁鍋に笠のしづくや早苗取   宝井其角
田植まで水茶屋するか角田川  宝井其角
(注)水茶屋は道ばたで人を休息させていた茶店。角田川は隅田川。
苗代や二王のようなあしの跡   志太野坡
(訳)苗代田に仁王がつけたような大きな足跡がある。
苗代を見てゐる森の烏かな   各務支考
我影や田植の笠に紛れ行く   各務支考
一人してうたふ山田の田植かな   桜井吏登
つれよりも跡へ跡へと田うゑかな   加賀千代女
けふばかり男をつかふ田植かな   加賀千代女
(注)田植の主役は女性たち。この日は男に命令したり、頼んだり出来る。
早乙女やわかな摘たる連(つれ)も有   加賀千代女
早乙女や子の泣くかたへ植えてゆく   棄捨
(訳)田植えの女は自分の子の泣く方へ植えていきたがる。
我門へ尻の近よる田植かな   横井也有
(注)田植はかがみ込み、一植えごとに後ろへ下がっていく。
小便はよその田にして早苗とり   横井也有
刈るときは産む腹もあり早苗取り   横井也有
(訳)お腹の大きくなり始めた早乙女がいる。稲を刈る頃は赤子を生む頃だろう。
早乙女や先に下りたつ年のほど   炭太祇
早乙女の下り立つあの田この田かな   炭太祇
やさしやな田を植うるにも母の側(そば)   炭太祇
去られたる身を踏込(ふんごん)んで田植哉   与謝蕪村
(訳)離縁された女性。周囲の目を気にしながら、思い切って田植えに加わった。
泊りがけの伯母もむれつつ田植哉   与謝蕪村
鯰(なまず)得てもどる田植の男かな   与謝蕪村
恋草に恋風も吹く田植哉   与謝蕪村
早乙女やつげのをぐしはささで来し   与謝蕪村
(訳)早乙女は大事な柘植の櫛を髪にささないで田に来た。「をぐし」は小櫛。櫛の美称。
早乙女や乳(ち)の下におく月の影   堀麦水
(注)早乙女は下を向いて田植をする。田に映る昼の月も乳の下に。
遠里や二筋三すぢ田うゑ笠   大島蓼太
けふもまた田植あるやら竹の奥   黒柳召波
早乙女やひとりは見ゆる猫背中   黒柳召波
田植唄なかなか古き言葉かな   高桑闌更
石女(うまづめ)の我が田うゑけり朝の内   吉分太魯
(注)石女は子供を産めない女。とかく噂になるので朝のうちに田植を済ます。
田植女のころびて独りかへりけり   加藤暁台
捨苗や田中の庵のはいり口   加舎白雄
早乙女の葛葉ふみこむ山田かな   加舎白雄
(訳)山間地では葛の蔓が田の中に延びている。早乙女はその葉を踏んで田に入っていく。
さをとめの簑かけ柳年経たり   加舎白雄
早乙女のうしろ手しばし夕詠(なが)め   加舎白雄
(注)「詠め」は歌をくちずさむこと。田植を終えた女性の満足げで、ほっとした様子。
湖の水かたぶけて田植かな   高井几董
(訳)田植のために湖の水をどっと田へ入れた。まるで湖を傾けるような田植だ。
田を植るひともかへりぬいざさらば   井上士朗
早乙女やおもふ事なく植ゑて行く   江森月居
信濃路や上の上にも田うゑ歌   小林一茶
(訳)信濃路は棚田ばかり。上から田植歌が聞える。「信濃路や山の上にも田植笠」の句も。
もつたいなや昼寝して聞く田植唄   小林一茶
吹きの葉に鰯を配る田植哉   小林一茶
(注)吹きの葉は「蕗の葉」。
庵の田は朝のまぎれに植りけり   小林一茶
(訳)庵の田は狭い。朝のちょっとした間に田植を終えてしまう。
おのが里仕廻うてどこへ田植笠   小林一茶
(訳)田植が終わったのに田植笠の人が出かけて行く。どこの田植に行くのだろう。
信濃路の田植過ぎけり凧(いかのぼり)   小林一茶
小さい子も内から来るや田植飯   小林一茶
(訳)田植の昼休時。家の中から幼い子が出てきて、母親と昼飯を食べる。
かつしかや早乙女がちの渡し舟   小林一茶
(訳)葛飾(隅田川の東側)は田植時期。渡し舟にも早乙女が多くなった。
土足で禅寺抜ける田うゑかな   桜井梅室
(訳)農作業ではいつも通り抜けている禅寺。田植の時は泥足で失礼する。
乳(ち)を隠す泥手わりなき田植かな   桜井梅室
(注)わりなきは、仕方ない、やるせない。
すててある苗やおぼえのたばねぐせ   桜井梅室
(訳)田植で余った苗が捨ててある。苗の束ね方で、あの人の苗だ、と分かってしまう。
賑はしき音や田植の余り水   塩坪鶯笠
早乙女や泥手にはさむ額(ひたい)髪   村上鬼城
もうもうと雲吹きおとす田植かな   村上鬼城
一の田の水引き入るる二の田かな   佐藤紅緑
たちまちに一枚の田を植ゑにけり   高浜虚子
里方の田をなつかしみちよと植えし   吉野左衛門
(注)「ちよと」は「ちょと」、ちょっと。仮名の小さい字を使わぬ俳句の表記。
木の間より湖の風吹く田植かな   石井露月
田植牛貸すや牛癖いひ添へて   西山泊雲
植ゑ上げて夕べ田原のしんとしぬ   臼田亜浪
信濃路や田植盛りを雲さわぎ  臼田亜浪
浅間なる照り降りきびし田植笠   前田普羅
早乙女の一群過ぎぬ栃の花   前田普羅
籬(まがき)根をくぐりそめたり田植水   芝不器男
田植簑(みの)重きを今日もまとひ出(い)ず   松本たかし

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