涼し、涼気、涼風、夕涼み

涼し、涼気、涼風(りょうふう、すずかぜ)、朝涼(あさすず)、夕涼(ゆうすず)、夕涼み、晩涼(ばんりょう)

 夏の季語に「涼し」があるというのも俳句の特徴。暑いからこそ涼しさを感ずる、という逆説的な性格を持つ。これに対し、秋が来て感ずる本物の涼しさが「新涼」。「新涼」より前に「涼し」あることになる。「涼し」は「涼む」(歳時記では『生活』の項)と深く関係している季語。以下の句にも実質的には「涼み」に分類したいものがかなりある。

露おきて涼しき月の木の間哉   飯尾宗祇
颯々(さっさつ)の涼しさやこの松の声   野々口立甫
(注)颯々はあっさりとした様子を言うが、この場合は風の音、風の吹くさまを表す。
涼しさのかたまりなれやよはの月   安原貞室
(訳)夏の夜半、空に出ている月は涼しさの塊のようだ。
涼しさは錫(すず)の色なり水茶碗   伊藤信徳
水晶や涼しき海を遠眼鏡   天野桃隣
(注)水晶は、ガラスの玉も意味した。
峠涼し沖の小島の見ゆ泊り   山口素堂
このあたり目に見ゆるものは皆涼し   松尾芭蕉
涼しさやほの三日月の羽黒山   松尾芭蕉
涼しさを我宿にしてねまる也(なり)   松尾芭蕉
(注)「奥の細道」で山形尾花沢に泊った際の挨拶句。ねまるは東北地方の方言。
涼しさを絵にうつしけり嵯峨の竹   松尾芭蕉
汐ごしや鶴はぎ(脛)ぬれて海涼し   松尾芭蕉
(注)汐越(ごし)は海水を引いたり、汲んだりすること。はぎは脛(はぎ、すね)。
小鯛さす柳すずしや海士(あま)が妻   松尾芭蕉
松風の落葉か水の音涼し   松尾芭蕉
裏見せて涼しき滝の心かな   松尾芭蕉
涼しさや竹握りゆく藪づたひ   田代松意
涼しさや此の庵をさへ住捨てし   河合曾良
(訳)長く住んでいた庵を捨てて旅に出る。今はさっぱりして涼しい感じだ。
涼しさの野山に満る念仏(ねぶつ)かな   向井去来
(注)法然の浄土教などでは、「南無阿弥陀仏」を称(とな)えることを念仏という。
有明に汗入る頃の鐘涼し   向井去来
涼しさよ夕立ながら入日影   向井去来
涼しいか草木諸鳥諸虫ども   広瀬惟然
涼しさに四ッ橋四つ渡りけり   小西来山
涼しさをとどめかねけり馬の上   小西来山
(訳)馬に乗っていると涼しい風が吹きぬけていくが、その涼しさは留めておけない。
足高に涼しき蟹の歩み哉   谷木因
涼風や青田の上の雲の影   森川許六
涼しさや八景にかく膳所(ぜぜ)の城   森川許六
(注)八景は近江八景。膳所は本多氏六万石の城下町。
涼しさを先づ武蔵野の流れ星   宝井其角
涼風や虚空に満ちて松の声   上島鬼貫
(訳)涼風が吹き渡った。松風の音が何もない大空に満ちているかのようだ。
すず風やあちら向きたる乱れ髪   上島鬼貫
(注)ある家の「小野小町の絵」を見て。小町は後ろ向きに描かれるのが通例。
舟涼し吹かれて居ればふきにけり   立花北枝
風涼し生地(せいち)へかへる浪の音   立花北枝
涼しさや燈火(ともしび)更ける川向ひ   本間秋江
すずしさや朝草門に荷(にな)ひ込む   野沢凡兆
涼しさを見せてそよぐや城の松   内藤丈草
長刀(なぎなた)の五条も涼し橋の月   各務支考
(訳)弁慶の長刀で有名な五条大橋も、今は涼しげに月が出ている。
涼しさや縁から足をぶらさげる   各務支考
行く雲の砕けて涼し磯の山   各務支考
涼しさや日の落かかる海の上   小川秋色女
月高く涼しき城の夜明かな   松木淡々
すずしさを竹に残して晴れにけり   中川乙由
静かさを響きて涼し井の雫(しずく)   長谷川馬光
涼しさや文のおもしに置くきせる(煙管)   横井也有
涼しさや恥ずかしいほど行き戻り   加賀千代女
(訳)涼しいので、道を何度も行き戻りしている。人が見ていて恥ずかしいほどだ。
涼しさや夜ふかき橋に知らぬ同士   加賀千代女
涼しさや鐘をはなるるかねの声 与謝蕪村
すずしさや都を竪(たて)にながれ川   与謝蕪村
涼しさや額を当てて青畳   斯波園女
島涼し汐うちあはすうへの月   高桑闌更
涼しさや寺は碁石の音ばかり   大島蓼太
涼しさや棚田棚田のこぼれ水   大島蓼太
涼しさや行く先々の最上川   大島蓼太
すずしさや袖にさし入る海の月   三浦樗良
すずしさや旅に出る日の朝ぼらけ   三浦樗良
涼しさや水にからまる水の音   吉川五明
水瓶や窃(ひそか)にさして月すずし   吉川五明
涼しくも明け行く月を照る日かな   加藤暁台
すずしさや板の間(あい)から波がしら   蝶夢
うしろ涼し筑波は隠す家もなし   加舎白雄
涼しさや蔵の間(あい)より向島   加舎白雄
涼しさや八十(やそ)島かけて月一つ   松岡青蘿
(注)八十島は多くの島。
すずしさや絵島をひたす月の海   松岡青蘿
(注)絵島は淡路島北端にある岩場。歌枕になっている。
すずしさや絹著(き)ておはす老和尚   高井几董
涼しさやこぼれもやらぬ松の露   高井几董
(訳)松の葉先にたまる露の玉が落ちそうで落ちない。それがいかにも涼しげだ。
涼しさや花屋が店の秋の草   高井几董
涼しさや浴(ゆあ)みの後の藁草履   高井几董
涼しさやくだりに向ふ坂の上   高井几董
涼しさのひとりにあまる庵かな   栗田樗堂
涼しさや箱根こえたる夕泊   夏目成美
山一つあなた丹波や雲の峰   寺村百池
夕月はすずしき苔のにほひ哉   岩間乙二
涼しさや根笹に牛もつながれて   成田蒼虬
涼しさや風打返す蘆の中   夏目吟江
涼風(すずかぜ)の曲りくねって来たりけり   小林一茶
大の字に寝て涼しさよ淋しさよ   小林一茶
涼しさや土橋の上の煙草盆   小林一茶
(注)煙草盆は煙草の道具を載せる小さな箱。
涼しさや半月動く溜り水   小林一茶
夕涼や汁の実を釣る背戸の海   小林一茶
(訳)夕涼みがてら家の裏の海に出て、夕食の汁に入れる小魚を釣っている。
木に見えし涼風来るに間(ま)ありけり   安田雷石
涼しさや向ひ近江の灯の見ゆる   石田梅宿
水涼しひらひら見ゆる魚の腹   坡仄
涼しさや白衣見えすく紫衣(しえ)の僧   村上鬼城
涼しさや松這ひ上る雨の蟹   正岡子規
涼しさや蚊張の中より和歌の浦   夏目漱石
水盤に雲呼ぶ石の影涼し   夏目漱石
涼しさや石握り見る掌(たなごころ)   夏目漱石
涼しさや裏は鉦(かね)うつ光琳寺   夏目漱石
闇涼し草の根を行く水の音   石井露月
生かなし晩涼に座し居眠れる   高浜虚子
涼風や寄る辺もとむる蔓のさま   臼田亜浪
くらきより波寄せて来る浜納涼(すずみ)   臼田亜浪
遠つ祖のここらや漕げる松涼し   臼田亜浪
枝刈りて柳涼しき月夜かな   永井荷風
涼しさや庭のあかりは隣から   永井荷風
海涼し夕暮れ島の片便り   羅素山人
涼しさや過去帳閉じて夜の雨   渡辺水巴
清滝や流れくるもの皆涼し   田中王城
山涼し●の上に灯がともる   原月舟
月涼し四方(よも)の水田の歌蛙   杉田久女
髪少しつめて涼しく結ひにけり   高橋淡路女
いささかの草も寝心地涼しうす   富田木歩
(訳)小さな庭に僅かながら草が生えている。それでも寝ていると涼しく感じる。
伊勢えびにしろがねの刃のすずしさよ   日野草城
朝すずや肌すべらして脱ぐ寝間着   日野草城
息の如(ごと)涼気通へる大藁屋   松本たかし
晩涼の月や芭蕉に隠れ見す   松本たかし
落葉松の道晩涼の町に入る   石橋辰之助

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