涼む、夕涼み、納涼、縁涼み、庭涼み、川涼み、下涼み

 江戸時代から昭和の中ごろにかけての真夏は、日が落ちていくらか涼しくなって、人々はようやく一息ついていた。その涼しさを自ら体感しようとするのが「涼み」と言えるだろう。「納涼(のうりょう)」は「涼しさを内に納めること」で、「すずみ」と読ますこともある。エアコンの普及した現在では、「涼み」の切実感はほとんどなくなっている。

わすれずば佐夜(さよ=小夜)の中山にて涼め   松尾芭蕉
(注)旅立ちの人へ餞別の句。
命なりわづかの笠の下涼み   松尾芭蕉
(注)西行の「年たけてまた越ゆべしと思いきや命なりけりさ夜の中山」(西行)を踏まえる。
皿鉢もほのかに闇の宵すずみ   松尾芭蕉
(訳)夕飯を終えたあと、灯をつけず夕涼み。夕闇の中に皿や鉢がほの白く見える。
瓜作る君かあれなと夕涼み   松尾芭蕉
(訳)遠くへ行った友人の旧居を見ながら夕涼み。いま君がいればなあ、と思う。
破風(はふ)口に日影や弱る夕涼み   松尾芭蕉
川風や薄柿着たる夕涼み   松尾芭蕉
(注)薄柿は柿渋で染めた薄い渋色。
楽しさや青田に涼む水の音   松尾芭蕉
涼まんと月夜になればざれありく   杉山杉風
(注)ざれありくは、戯れ歩く。
遠慮なう雲を隣の涼みかな   斎部路通
(注)路通は放浪の俳人。山の中を歩いていた時の句だろう。
夕涼み沢瀉(おもだか)ゆする蛙かな   池西言水
町すじは祭に似たり夕すずみ   向井去来
立ちありく人にまぎれて涼みかな   向井去来
更くる夜を隣にならぶ涼みかな   向井去来
来る水の行く水あらふ涼みかな   服部嵐雪
蚊の乗らぬところまでいざ涼み舟   広瀬惟然
いつも酔ふあの顔通る朝涼み   越智越人
小間物をおろす石あり門涼み   森川許六
大木を眺めてゐたり下涼み   森川許六
山伏の髪すきたてて夕涼み   森川許六
さし当る用もまずなし夕涼み   岩田涼菟
此の松にかへす風あり庭すずみ   宝井其角
人にまた暑い顔あり端涼み   宝井其角
蔵か家か星か川辺の涼みかな  宝井其角
此舟に老いたるはなし夕すずみ   宝井其角
夕涼みよくぞ男に生れける   伝・宝井其角
(注)其角の作とされているが、元禄時代の書に「松濤の作」とあるという。
しらぬ人と謡(うたい)問答すずみ哉   上島鬼貫
結髪や鏡はなれて朝すずみ   上島鬼貫
つつ立つて帆になる袖や涼み船   内藤丈草
夕すずみあぶなき石にのぼりけり   志太野坡
雨の名のいくつ替りて夕涼み   志太野坡
(訳)春雨、五月雨など、雨の名はいくつ替わって夕涼みの季節になったのか。
関の火のあなたこなたを夕涼   各務支考
鷹の羽の松より落つる涼みかな   各務支考
わかれ場や川の処で朝すずみ   浪化
松の葉もよみつくすほど涼みけり   加賀千代女
水音に濡れては帰る夕すずみ   加賀千代女
網打の見えずなり行(く)涼(み)かな   与謝蕪村
涼み舟舳(へ)に立ち尽す列子かな   与謝蕪村
(注)列子は中国・春秋戦国時代の思想家、道家。
僧一人水かみへ行く涼みかな   堀麦水
琴の手は横に流るるすずみかな   堀麦水
腰かける階のなかばや夕納涼   大島蓼太
ふところへ入り来る帆あり夕すずみ   大島蓼太
腰かける階のなかばや夕納涼(すずみ)   大島蓼太
夕涼み地蔵こかして逃げにけり   大伴大江丸
(注)こかすは、「転がす」「倒す」。
下涼み月ひるがへす木の葉かな   高桑闌更
鰻焼く煙りなびきて川涼み   高桑闌更
涼み居て闇に髪干す女かな   黒柳召波
うかうかと南草(たばこ)に酔ふや朝涼み   黒柳召波
うそうそと旅人ありく納涼(すずみ)かな   吉分太魯
(注)うそうそは、落ち着かない様子、はっきりしない様子。
梳(くしけず)る人もありけり門涼み   加舎白雄
笹折りて赤蟹なぶる夕すずみ  松岡青蘿
こよろぎのいそ魚買(わ)んゆふ涼   高井几董
(注)こよろぎは神奈川県大磯近くの海辺。夕涼みの名所とされ、歌枕の地。
小娘の遊女見たがるすずみかな   高井几董
(注)夕涼みの小娘が遊女に興味を持って見たがる、の意味だろう。
とし寄りの多さよ木曽の夕すずみ   井上士朗
夕涼み由々しき忘れ刀かな   大島完来
何事もむかしになりぬゆふすずみ   夏目成美
思ふほど物云はぬ人と涼みけり   寺村百池
ひとむしろ(筵)内儀ばかりや門すずみ   江森月居
ゆく水の四条にかかるすずみ哉   成田蒼虬
涼まんと出ずれば下に下にかな   小林一茶
(訳)涼もうとして外へ出たら、「下に下に」と大名行列が来てしまった。
尻べたに筵(むしろ)のあとや一すずみ   小林一茶
芭蕉様の脛(すね)をかじつて夕涼み   小林一茶
子の母や涼みがてらの賃仕事   小林一茶
此(の)月に涼みてのない夜なりけり   小林一茶
いざいなん(去なん)江戸は涼みもむづかしき   小林一茶
狐火の行衛(ゆくえ)見送る涼みかな   小林一茶
門の木も先づつつがなし夕涼み   小林一茶
おれが田を誰やらそしる夕涼み   小林一茶
夕涼み足で数へるゑちご(越後)山   小林一茶
楽剃りや涼みがてらの夕薬師   小林一茶
(注)楽剃りは、軽い気持で剃髪すること。
一つ星など指さして門涼み   井上井月
煙草火を明りに話す涼みかな   大橋梅裡
丘の町下り果てて橋涼みかな   河東碧梧桐
提灯の同じ家並や夕涼み   佐藤紅緑
古井戸に物の音聞く夕すずみ   高浜虚子
片足に犬の子いじる涼みかな   渋川玄耳
くらきより浪よせてくる涼みかな   臼田亜浪
行くところなき町なれば橋涼み   塚本虚明
くらがりにかくるる如く門涼み   鈴木花蓑
主人まづ涼み台より寝に下りし   清原枴童
入りかはり立ちかはり橋の涼みかな   中山稲青
柩(ひつぎ)守る夜を涼み児のうかがひぬ   富田木歩

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