蝉、蝉生る、初蝉、蝉時雨

蝉、蝉生る(せみうまる)、初蝉、蝉時雨、唖蝉(おしぜみ)、夜の蝉、山蝉、にいにい蝉、油蝉、みんみん蝉、熊蝉、松蝉(春蝉)

 松永貞徳の句にあるように、蝉の鳴き声は虫の中で最も大きいと言えるだろう。ただし鳴くのは雄だけ。声の種類は「ジイジイ(油蝉)」「ミンミン(みんみん蝉)」「シャーシャー(くま蝉)など多彩である。蜩(ひぐらし)、法師ぜみ(つくつくぼうし)は「秋」に分類される。

からからと身はなりはてて何と蝉   山本西武
(注)何と蝉は「何とせむ」のしゃれ。
虫の中で抜け出でたりや蝉の声   松永貞徳
蝉聞きて夫婦いさかひ恥づるかな   井原西鶴
閑(しず)かさや岩にしみ入る蝉の声   松尾芭蕉
やがて死ぬけしきは見えず蝉の声   松尾芭蕉
いでや我よき布着たり蝉衣   松尾芭蕉
(注)蝉衣は薄く織った夏向きの着物。季語では「羅(うすもの)」に分類すべきだが。
撞き鐘もひびくやうなり蝉の声   松尾芭蕉
(訳)蝉の激しい鳴き声に、大きな釣鐘も響き出すかと思えるほどだ。
洗濯の袖に蝉鳴く夕日かな   坪井杜国
鳴く蝉や折々雲に抱かれゆく   斎部路通
(注)雲が低く流れる山中の風景だろう。
草蒸して蝉のとりつく鳥居かな   池西言水
蝉の経は千部会(せんぶえ)なれや興福寺   池西言水
(注)千部会は、五百人から千人の僧で経千部を読む法会。
住みかへよ人見の松の蝉の声  向井去来
あなかなし鳶(とび)にとらるる蝉の声   服部嵐雪
下闇や地虫ながらの蝉の声   服部嵐雪
桟(かけはし)やあぶなげもなし蝉の声   森川許六
(注)桟は崖などにかけた板の橋。人には危険だが、蝉は橋に止り、平然と鳴いている。
蝉啼くや川に横たふ木のかげり   岩田涼菟
蝉の声ましら(猿)もあつき梢かな   宝井其角
ゆく水や竹に蝉鳴く相国寺   上島鬼貫
鳴きぜはし烏とりたる蝉の声   上島鬼貫
鳴く蝉のその木にもまた居つかぬか   上島鬼貫
おしなべて鳴くや晴れゆく峰の蝉   立花北枝
居り替る羽音涼しや蝉の声   立花北枝
埒(らち)明けた顔で飛びけり蝉の声   内藤丈草
杉脂(やに)の手に煩(わずら)はし蝉の声   志太野坡
蝉の音をこぼす梢のあらしかな   各務支考
熊蝉の声のしをりや鈴鹿川   各務支考
(注)しおりは、案内。
鳴きながら川とぶ蝉の日影かな   早野巴人
蝉鳴くや秋の近さも一里塚   横井也有
蝉暑し松きらばやと思ふまで   横井也有
滝の音も細るや峰に蝉の声   加賀千代女
うたたねの暮るるともなし蝉の声   炭太祇
石車地にめりこむや蝉の声   溝口素丸
蝉鳴くや行者の過ぐる午(ひる)の刻   与謝蕪村
蝉も寝る頃や衣の袖畳み   与謝蕪村
ひるがへる蝉のもろ羽や比枝おろし   与謝蕪村
(注)比枝おろしは比叡山から吹き下してくる風。
蝉啼くや日枝のあざりの昼の飯   与謝蕪村
(注)日枝は比叡山。あざりは阿闍梨(あじゃり)、高徳の僧。
蝉鳴くや行く人絶ゆる橋ばしら(柱)   与謝蕪村
蝉鳴くや行者の過ぐる午(ひる)の刻   与謝蕪村
蝉鳴くや僧正坊のゆあみ時   与謝蕪村
鳥稀れに水また遠し蝉の声   与謝蕪村
来る蝉の身を打ちつけてとまりけり   三宅嘯山
初蝉や加茂の祭りは幾日から   堀麦水
耳底に蝉はまだ啼く枕かな   大島蓼太
蝉啼いて杉にも脂(やに)の流れけり   高桑闌更
はつ蝉の殻にならびて鳴きにけり   高桑闌更
蝉の音も煮ゆるがごとき真昼かな   高桑闌更
さし汐や蝉の鳴き止む浜楸(ひさぎ)   高桑闌更
(注)浜楸は、浜辺に生えるアカメガシワ(楸)またはキササゲ(楸)だという。
せみの声茶屋なき岨(そま)を通りけり   黒柳召波
はつせみや初瀬の雲の絶え間より   加藤暁台
夕月や一つのこりしせみの声   蝶夢
槻(つき)の木や夕日に蝉の横歩き   吉川五明
(注)槻は欅の変種。弓の材料になる。
まつのせみなきつつ秋にうつりゆく   松岡青蘿
かげろひし雲また去つて蝉の声   高井几董
蝉鳴くや大河をあゆむ砂ほこり   宮紫暁
蝉なくや見かけて遠き峯の寺   勝見二柳
蝉なくやひとり縄手の道つくり   夏目成美
母と住む木蔭の里や夜の蝉   小野素郷
板の間にへたへた寝るや蝉の声   田川鳳朗
せみ鳴や心に遠きひとしきり   成田蒼虬
川船や声遠ざかる森の蝉   夏目吟江
今しがた此(この)世に出し蝉の鳴(く)   小林一茶
蝉なくやつくづく赤い風車(かざぐるま)   小林一茶
蝉鳴くや我家も石になるやうに   小林一茶
(訳)蝉がわんわんと鳴いているので、我家も石のように固まってしまいそうだ。
蝉鳴や梨にかぶせる紙袋   小林一茶
蝉鳴くや物食ふ馬の頬べたに   小林一茶
蝉鳴くや天にひつつく筑摩川   小林一茶
(注)「蝉鳴や空にひつつく最上川」とした句もある。
鳥さしの邪魔に飛びけり松の蝉   小林一茶
(注)鳥さし(刺)は、鳥黐(もち)を塗った竹竿で小鳥を捕まえる人。
浮島や動きながらの蝉時雨   小林一茶
松の蝉どこまで鳴いて昼になる   小林一茶
桐の木や雨のながるる蝉の腹   桜井梅室
蝉時雨冷たい水の湧くほどに   岡野湖中
一声は何に追はれて夜の蝉   耕雲
いろいろの売声絶えて蝉の昼   正岡子規
蝉なくや五尺に足らぬ庭の松   正岡子規
鳴きやめて飛ぶ時蝉の見ゆるなり   正岡子規
一筋の夕日に蝉の飛んで行(く)   正岡子規
蝉の羽にこれも仏法不思議かな   松瀬青々
蝉涼し朴の広葉に風の吹く   河東碧梧桐
蝉の声一樹に暗き二階かな   佐藤紅緑
露の幹静かに蝉の歩きをり   高浜虚子
舟とめて舟に昼餉す蝉遠し   大谷句仏
蝉鳴くや松の梢に千曲川   寺田寅彦
沖は白波島蝉声を絶ちにけり   臼田亜浪
蝉の樹は子が知りをりて母誘ふ   臼田亜浪
蝉時雨風の竹にもとりついて   鈴木花蓑
蝉捕(り)の蝉を仰げば鳴き細る   田中王城
草蝉や聊(いささ)かあかき蓼の雨   北原白秋
蝉の背の紺青にして樫の風   原石鼎
あはれ蝉の生まれ出でし木のもと   中塚一碧楼
蝉時雨日斑(まだ)ら浴びて掃き移る   杉田久女
喀血にみじろぎもせず夜蝉鳴く   富田木歩
病み臥(ふ)すや蝉鳴かしゆく夜の門   富田木歩
石枕してわれ蝉か泣き時雨   川端茅舎
芭蕉葉に水晶の蝉羽を合せ   川端茅舎
渓流を掃けばすぐ澄み蝉時雨   川端茅舎
しづけさに初蝉のまたきこえけり   日野草城
蝉の午後妻子ひもじくわれも亦(また)   日野草城
滝音の息(い)づきのひまや蝉時雨   芝不器男
蝉涼し絵馬の天人身を横に   松本たかし
樹下の土蝉のしぐれに鏡なす   長谷川素逝
ひとかかへ濯ぐより蝉鳴きはじめ   石橋秀野
夕蝉やどの顔ももの云はでゆく   石橋秀野
蝉時雨子は坦送車に追ひつけず   石橋秀野
(注)重い結核の秀野が最後の入院に際して詠んだ句。これが最後の一句になった。

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