五月雨(さみだれ、さつきあめ)、さみだるる

 五月雨は梅雨と同じで、陰暦5月ごろに降る雨のこと。江戸時代には五月雨の句が相当多いが、明治維新後に新暦(太陽暦)が採用されてから梅雨にその座を譲った。梅雨前線が日本列島にかかるころから、梅雨の季節になり、梅雨入り、梅雨明けは、日本人の大きな関心事となる。

 江戸時代には「梅雨」の語を用いて詠んだ句は非常に少ない。しかし現代では最も一般的な季語の一つなので、五月雨の後に並べた。

五月雨や日数の外(ほか)の旅の宿   西山宗因
(訳)五月雨が何日も降り続く。宿に泊る日が長く、旅の予定が狂ってしまった。
五月雨や天下一枚うち曇り   西山宗因
五月雨の雲や墨をのみし龍の息   安原貞室
五月雨や淀の小橋の水行灯(あんどん)   井原西鶴
五月雨を集めて早し最上川   松尾芭蕉
五月雨にかくれぬものや瀬多の橋   松尾芭蕉
(訳)五月雨のために琵琶湖も霞んでいるが、瀬田の大橋だけは見えている。
五月雨に鳰(にお)の浮巣を見に行かむ   松尾芭蕉
五月雨や色紙へぎたる壁の色   松尾芭蕉
(訳)雨が降り続く。壁に貼った色紙がはがれている。その壁の色が何とも物憂い。
髭生えて容顔蒼(あお)し五月雨(さつきあめ)   松尾芭蕉
(注)容顔は、顔つき。
五月雨のふり残してや光堂   松尾芭蕉
五月雨の雲吹きおとせ大井川   松尾芭蕉
(訳)五月雨のため川を越えることが出来ない。大井川よ、雨空を吹き落としてくれ。
さみだれや蚕(かいこ)煩(わずら)ふ桑の畑   松尾芭蕉
(訳)病気の蚕が桑畑に捨てられた。五月雨の中、蚕が病んでいる。
五月雨は滝降り埋む水嵩(みかさ)かな   松尾芭蕉
さみだれに蛙のおよぐ戸口かな   杉山杉風
さみだれに長う預る紙づつみ   杉山杉風
空も地もひとつになりぬ五月雨   杉山杉風
水に浮く豆腐や曇る五月雨   杉山杉風
さみだれやつきあげ窓の時明り   河合曾良
(注)つきあげまどは、明り取りの天窓。時明りは、雨空が時々明るくなること。
さみだれや富みてさびしき表蔵   池西言水
湖の水増(ま)さりけり五月雨   向井去来
五月雨や色紙はげたる古屏風   斯波園女
さみだれや蚯蚓(みみず)の徹(とお)す鍋の底   服部嵐雪
(訳)雨続きの庭に鍋がある。鍋の底には穴が開き、その穴からみみずが出入りしている。
五月雨や硯筥(すずりばこ)なる唐辛子   服部嵐雪
山鳥のほろほろなきや五月雨   服部嵐雪
五月雨の離れ座敷や屋形船   越智越人
搗(つき)臼のふとり姿や五月雨   森川許六
五月雨や梅の葉寒き風の色   椎本才麿
(注)梅の葉を「桃の葉」とする書もある。
五月雨や傘(からかさ)につる小人形   宝井其角
さみだれにやがて吉野を出ぬべし   宝井其角
五月雨はただ降るものと覚えけり   上島鬼貫
海山に五月雨添ふや一とくらみ   野沢凡兆
髪剃や一夜に金精(さび)て五月雨   野沢凡兆
五月雨や苔むす庵の香の物   野沢凡兆
五月雨の夕日や見せて出雲崎   各務支考
山ありて舟橋ありて五月雨   浪化
牛流す村の騒ぎや五月雨  槐諷竹
五月雨や田舟の中になく蛙   馬場存義
五月雨や背戸に盥(たらい)の捨小舟(すておぶね)   横井也有
(訳)五月雨で家の裏手に水がたまった。捨て置いた盥が浮いて、捨小舟のようだ。
さみだれの漏れて出て行く庵かな   炭太祇
さみだれや夜半に貝吹くまさり水   炭太祇
五月雨や頻(しきり)に暮るる水の上   炭太祇
五月雨や根倦(あ)きて蛭(ひる)の延びちぢみ   溝口素丸
五月雨や滄海(あおうみ)を衝く濁水(にごりみず)   与謝蕪村
五月雨や大河を前に家二軒   与謝蕪村
さみだれや水に銭ふむ渉(わたし)舟   与謝蕪村
(訳)五月雨の日、渡し舟に乗った。舟底の水たまりを踏んだら、底に小銭があった。
さみだれや鵜さへ見えなき淀桂   与謝蕪村
さみだれや鳥羽の小路を人の行く   与謝蕪村
さみだれに見えずなりたる径(こみち)かな   与謝蕪村
五月雨の堀たのもしき砦かな   与謝蕪村
さみだれや仏の花を捨てに出る   与謝蕪村
さみだれのかくて暮(れ)行く月日かな   与謝蕪村
五月雨や芋這ひかかる大工小屋   与謝蕪村
さみだれや名もなき川のおそろしき   与謝蕪村
小田原で合羽(かっぱ)買ひたり五月雨   与謝蕪村
床低き旅のやどりや五月雨   与謝蕪村
うきくさも沈むばかりよ五月雨   与謝蕪村
五月雨やある夜ひそかに松の月   大島蓼太
(訳)長雨の毎日。ところがある夜、ふと空を見ると松の上に月が出ていた。
五月雨や田中に動く人一人   大島蓼太
五月雨や一筋赤き沖の水   高桑闌更
ひたひたと着物身につく五月雨   高桑闌更
顔につく蚊張のしめりや五月雨   黒柳召波
笠に入れて燧(ひうち)うちけり五月雨   黒柳召波
限りなき五月の雨や我がこころ   蝶夢
五月雨や豆の生ひたる流し元   吉川五明
五月雨や物にうつろふ繭の臭   吉川五明
五月雨や三味線かぢるすまひ取り   吉分大魯
(注)「かぢる」(かじる)は、三味線を弾く、の意味。すまひ取は相撲取、力士。
五月雨やひとりはなるる弓の弦(つる)   加舎白雄
五月雨の音を聞きわくひとりかな   加舎白雄
さみだれや船路にちかき遊女町   高井几董
五月雨の夜は音もせで明にけり   高井几董
ひとり立つ鷺の白さよ五月雨   井上士朗
五月雨や西も東も本願寺   夏目成美
五月雨や三日見つめし黒茶碗   夏目成美
さみだれや吾(わが)かつしかは蕗の蔭   夏目成美
五月雨や真菰(まこも)見てのみくらす家   鈴木道彦
五月雨や枕もひくき磯の宿   成田蒼虬
五月雨やふしぎに煙る山の家   成田蒼虬
五月雨も仕廻(しまい)のはらりはらり哉   小林一茶
さみだれや肩など叩く火吹竹   小林一茶
五月雨の竹にはさまる在所哉   小林一茶
(注)竹にはさまるは、竹林の間にある。
五月雨や胸につかへる秩父山   小林一茶
五月雨におつぴしげたる住居(すまい)かな   小林一茶
(注)おっぴしげるは、拉(ひし)げる、を強調した野卑な言葉。
五月雨にざくざく歩く烏かな   小林一茶
五月雨や庭を流るる竹の皮   夏目吟江
五月雨や蘆の上行く淀の舟   太無
さみだれや見ゆるかと見る竹生島   三森幹雄
五月雨の折々くわつと野山かな   内藤鳴雪
(注)くわつとは、「かっと」(急に明るくなる様子)
五月雨や起き上がりたる根無草   村上鬼城
五月雨や上野の山も見飽きたり   正岡子規
いたつきに名のつき初むる五月雨   正岡子規
(注)いたつき(労き)は、病気の古語。
眼を病んで灯をともさぬや五月雨   夏目漱石
五月雨や小袖をほどく酒のしみ   夏目漱石
五月雨や棹(さお)もて鯰(なまず)打つといふ   泉鏡花
五月雨や月夜に似たる沼明り   小川芋銭
巣にこもる鶏の病や五月雨   佐藤紅緑
水底の雲もみちのくの空のさみだれ   種田山頭火
うぐひすや夕立のあとの落葉松(からまつ)に   渡辺水巴
葛城やあやめもわかぬ五月雨   松瀬青々
さみだれもさざなみ明り松の花   渡辺水巴
のみさしの茶の冷たさよ五月雨   高村光太郎
傘さして港内漕ぐや皐月雨   前田普羅
さみだれや青柴積める軒の下   芥川龍之介
五月雨や鶏の影ある土間の隅   富田木歩
鰻ともならである身や五月雨   富田木歩
(注)前書きに「我等兄弟の不具を鰻売るたたりと世の人云ひければ」。

梅雨、黴雨(ばいう)、つゆ、梅の雨

降る音や耳も酸うなる梅の雨   松尾芭蕉
(注)梅の雨だから耳も酸っぱくなるという意味。
梅雨の犬座敷を通り抜けにけり   相島虚吼
梅雨湿りよろよろ虫の火に出(ず)る   河東碧梧桐
草の戸の開きしままの梅雨かな   高浜虚子
北海の梅雨の港にかかり船   高浜虚子
宮を包む花楠の香や梅雨のひま   寒川鼠骨
いかならん明日や来(る)らん梅雨を病む   岡本松浜
下京の梅雨の紅殻(べにがら)格子かな   室積徂春
荒梅雨や山家の煙這ひまはる   前田普羅
梅雨の海静かに岩をぬらしけり   前田普羅
奥能登や浦々かけて梅雨の滝   前田普羅
大鯉の押し泳ぎけり梅雨の水   原石鼎
梅雨の宿更けて水浸(つ)く思ひかな   富田木歩
梅雨久し野は雑草の階をなす   川端茅舎
葉を巻いてトマト病みをり梅雨の庭   松本たかし
ありとあるものの梅雨降る音の中   長谷川素逝
降る音の筆紙(ひっし)に梅雨の手くらがり   長谷川素逝
(注)筆紙は筆と紙だが、文章の筆記の意味もある。
梅雨の灯をひとり点じぬひとの家に   石橋辰之助
粥あつし梅雨の山鳩日もすがら   石橋辰之助
梅雨深し暁いまだ戸を漏れず   石橋辰之助

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