夏木立、夏木

 夏木立は青葉、若葉の茂る木の群生を意味する。森や林だけでなく、屋敷の木立など小規模のものも含まれるだろう。木の集まりを示す季語では、ほかに「冬木立」「枯木立」があり、春と秋の季語にはない。木々の群生は夏と冬に訴える力が大きいのだろう。

 傍題の夏木は一本の木を表している。この季語は和歌から俳句に引き継がれたとされており、伝統的な季語の一つといえる。

花にのみ訪ねし事よ夏木立   西山宗因
(訳)この辺りは、桜の咲く頃よく訪れた。しかし夏木立の姿もなかなかのものだ。
先(まず)たのむ椎の木も有(り)夏木立   松尾芭蕉
(注)大津国分の幻住庵に滞在の時。椎の大樹を頼みとし、夏をしのごう、という気持。
木啄(きつつき)も庵は破らず夏木立   松尾芭蕉
蜘(くも)の巣はあつきものなり夏木立   上島鬼貫
月影にうごく夏木や葉の光り   向井可南女
(注)可南女は去来の妻。
山寺に斧の谺(こだま)や夏木立   横井也有
甘き香は何の花ぞも夏木立   炭太祇
夜に渡る川のめあてや夏木立   炭太祇
いずこより礫(つぶて)打ちけむ夏木立   与謝蕪村
(訳)夏木立に何かが当たり、音が響いている。どこからか礫を投げたのだろうか。
酒十駄ゆりもてゆくや夏木立   与謝蕪村
(注)駄は馬一頭に負わす重量。36貫(約136キロ)だという。
花か実か水にちり込(む)夏木立   与謝蕪村
動くともなくて恐ろし夏木立   与謝蕪村
魚くさき村に出でけり夏木立   与謝蕪村
鳩の声肩にとどくや夏木立   堀麦水
夏木立伊豆の海づらみえぬなり   大伴大江丸
分け入れば白雲深し夏木立   高桑闌更
谷河の空を閉ざすや夏木立   黒柳召波
雪を噛(ん)で一峯こえぬ夏木立   加藤暁台
鳥の糞地に音高し夏木立   吉川五明
歩み来ぬ早瀬はあとに夏木立   加舎白雄
放参の鐘鳴るかたや夏木立   高井几董
(注)放参は晩の参禅を休むこと。
仇討の跡とし(年)経りぬ夏木立    高井几董
木綿織る音静かなり夏木立   夏目成美
夏木立川の向ふは月夜かな   夏目吟江
塔ばかり見えて東寺は夏木立   小林一茶
堂守が茶菓子売るなり夏木立   小林一茶
人声に蛭(ひる)の降るなり夏木立   小林一茶
大寺は留守の体なり夏木立   小林一茶
夏木立幻住庵はなかりけり   正岡子規
(注)幻住庵は大津にあった草庵。芭蕉はそこに滞在し、「幻住庵記」を書いた。
門ありて唯夏木立ありにけり   高浜虚子
家の向(き)思ひ思ひや夏木陰   高浜虚子
瀬渉りの牛の連れ呼ぶ夏木立   大須賀乙字
鴉ばかり鳴いて住みうし(憂し)夏木立   渡辺水巴

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