短夜(みじかよ)、明易(あけやす)し

 「みじかよ」は中国の古詩にある「短夜」の訓読。「明易し」は「明けやすき夜」の省略形と言われている。歳時記によっては、「明け急ぐ」「朝早し」なども短夜の傍題としている。

 蕪村に短夜を詠んだ句が多く、いずれも名句、佳句とされている。蕪村の弟子の几董にも短夜の句がかなりある。

明けやすき夜の日三日や小磯宿   西山宗因
短夜を二十里寝たり最上川   天野桃隣
(注)最上川の舟旅。
短夜や駅路の鈴の耳につく   松尾芭蕉
足洗ふてつい明け易き丸寝(まろね)かな   松尾芭蕉
(注)丸寝は、着物を着たまま寝ること。
象潟(きさがた)や苫(とま)夜の土座も明けやすし   河合曾良
庵の夜も短くなりぬすこしづつ   服部嵐雪
短夜や木賃もなさでこそはしり   広瀬惟然
宮島や廻廊に夜の明易き   岩田涼菟
みじか夜や隣へはこぶ蟹の足   宝井其角
短夜や朝日まつ間の納屋の声   宝井其角
みじか夜や夫(そ)れ人間の遊ぶとき   立花北枝
みじか夜を寝あま(余)るくせに宵寝かな   浪化
短夜や牡丹畠のねずみがり   浪化
短夜や今朝未(まだ)澄まぬ小田の水   田河移竹
みじか夜や蚤(のみ)ほととぎす明の鐘   横井也有
短夜や朝日にあまる鶏の声   加賀千代女
短夜や今朝関守のふくれ面   炭太祇
みじか夜や旅寝の枕投げわたし   炭太祇
みじかよ夜や芦間流るる蟹の泡   与謝蕪村
みじか夜の闇より出て大ゐ河   与謝蕪村
(注)大ゐ河は大堰川。保津川下流の呼称。
みじか夜や二尺落ちゆく大井川   与謝蕪村
みじか夜や波うち際の捨篝(すてかがり)   与謝蕪村
短夜や化けそこなひし地蔵尊   与謝蕪村
短夜や暁しるき町はずれ   与謝蕪村
短夜や思ひもよらぬ夢の告げ   与謝蕪村
短夜や吾妻(あずま)の人の嵯峨どまり   与謝蕪村
短夜や浅井に柿の花を汲む   与謝蕪村
みじか夜や足跡浅き由比ヶ浜   与謝蕪村
みじか夜や枕に近き銀屏風   与謝蕪村
みじか夜や僧をとめたる飯けぶり   与謝蕪村
みぢか夜や小見世明けたる町はずれ   与謝蕪村
(注)見世は「店」と同じ。
みじか夜や暁早き京はづれ   与謝蕪村
みじか夜や葛城山の朝曇り   与謝蕪村
みじか夜やいとま給はる白拍子   与謝蕪村
みじか夜や毛虫の上に露の玉   与謝蕪村
明やすき夜をかくしてや東山   与謝蕪村
明安き夜や住の江のわすれ草   与謝蕪村
明安き夜や稲妻の鞘(さや)走り   与謝蕪村
(注)鞘走りは、刀が鞘から自然に抜けてしまうこと。稲妻の比喩でもある。
明けやすき夜を磯による海月(くらげ)かな   与謝蕪村
短夜や未(まだ)濡(れ)色の洗ひ髪   三宅嘯山
けしの花猶(なお)短夜の寝覚かな   大島蓼太
明易き夜を蕣(あさがお)の二葉かな   川田田福
短夜や老いしり初むる食もたれ   黒柳召波
短夜や宿立出でて小石原   黒柳召波
短夜の明けたる芥子(けし)の命かな   吉川五明
月は月夜は短夜と別れけり   加藤暁台
短夜やいつ蕣(あさがお)のかいわり葉   加藤暁台
(注)短夜が明けたら、朝顔の双葉が出ていた。いつ生えたのだろう。
すはすはと夜は明易し麻畠   加藤暁台
みじか夜や蚕(かいこ)飼ふ家(や)の窓明り   松岡青蘿
みじか夜や宿直(とのい)袋のあげおろし   加舎白雄
明けやすき夜を泣く児(ちご)の病かな   加舎白雄
短夜や空とわかるる海の色   高井几董
みじか夜に敵の後ろを通りけり   高井几董
短夜や蟹の蛻(もぬけ)に朝あらし   高井几董
短夜や蛸這のぼる米俵   高井几董
短夜や奥歯に残る薬の香   高井几董
明いそぐ夜のうつくし竹の月   高井几董
みじか夜や関屋に残る笠の露   井上士朗
短夜や翌(あす)また聞かん竹の雨   夏目成美
短夜や門たたきあふ伊勢詣   夏目成美
短夜を寝ぬや隣の鹿島立ち   夏目成美
(注)鹿島立ちは、旅への出立。
短夜や耳もと過ぐる馬子が唄   夏目成美
みじか夜の満月かかる端山かな   岩間乙二
よる波の砂に濁りて夜みじかし   岩間乙二
短夜の何に取りつく草の蔓   巒寥松
みじか夜や三味線草に蝶のかげ   建部巣兆
短夜やあけてただよふ月の雲   夏目吟江
短夜をふためき渡る烏かな   夏目吟江
短夜やそだちかねたる瓜の蔓   夏目吟江
短夜になれて目覚むる旅寝かな   夏目吟江
明易し川は夜行く舟の音   夏目吟江
短夜の家の多さよ飛鳥山   遠藤曰人
短夜をあくせくけぶる浅間哉   小林一茶
短夜に竹の風癖直りけり   小林一茶
短夜や紅い花咲く蔓の先   小林一茶
明易き夜やすり鉢のたまり水   桜井梅室
短夜や山水走る旅籠町   堤梅通
短夜や朝咲く花のみな白き   中島黙池
短夜や搗(つ)き捨ててある臼の布   渡辺詩竹
短夜の月を残して明けにけり   松井竹夫
心底を読み尽くすには夜短かし   松井竹夫
短夜や勝手のぞけば誰も居ず   勝股連水
短夜や磯の水泡の消えずある   伊藤松宇
短夜の一隅残る蚊張かな   三森松江
短夜を通りぬけけり終(しまい)汽車   森猿男
短夜や汲み過ぎし井の澄みやらぬ   森鴎外
短夜や水底にある足の跡   村上鬼城
短夜や枕上(まくらがみ)なる小蝋燭   村上鬼城
余命いくばくかある夜短し   正岡子規
短夜の水をはなる薄明り   直野碧玲瓏
短夜や既に根づきし物の苗   石井露月
みじか夜の浮藻うごかす小蝦(えび)かな   松瀬青々
短夜の町を砲車の過ぐる音   河東碧梧桐
明け易や花鳥諷詠南無阿弥陀   高浜虚子
煙草盆叩いて夜を短くす   青木月斗
夜短き枕に落つる山の声   臼田亜浪
明けやすき夜や土蔵の白き壁   永井荷風
短夜や明け行く月のあり所   吉野左衛門
舟出送る宿の提灯明け易き   大谷繞石
短夜の明し渡しや草の雨   原抱琴
短夜や卵残して蛾の居らぬ   岡本松浜
明易や雲が渦巻く駒ケ岳   前田普羅
短夜の乳(ち)ぜり泣く児を須可捨焉乎(すてつちまをか)   竹下しずの女
(注)赤子が乳を飲みたいと泣く。母の「捨てちまおうか」という気持を漢文で表した。
短夜や笹の葉先にとめし露   高橋淡路女
明け易き夜の夢に見しものを羞(は)ず   日野草城
短夜の河のにほへりくらがりに   日野草城
短夜の看とり給ふも縁(えにし)かな   石橋秀野
(訳)夏の夜、病の重い私を夫(山本健吉)が看護してくれる。これも縁なのだろう。
短夜の炉火もえゐるや冬のごと   松本たかし
短夜や古人の句にも寝ぬ病   松本たかし
短夜の大道標(しる)べ町中に   松本たかし
短夜の扉(と)は雲海にひらかれぬ   石橋辰之助
(注)作者は登山家。明け切らぬうちに山小屋を出て行く。

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