夏、炎帝、朱夏、三夏

夏、炎帝、朱夏、三夏、夏の暁、夏の朝、夏の夕、夏の宵、夏の夜

 旧暦では立夏(太陽暦の5月6日ごろ)から立夏(太陽暦の8月8日ごろ)の前日までが夏。炎帝は中国の信仰・伝説による夏を司る神のことだが、盛夏の意味にも用いられる。

 この類題句集では春の場合、「春」と「春の夕」「春の夜」などを別項にしたが、句数の関係上、「夏」の中に「夏の夕」「夏の夜」なども含めた。

夏の夜は明(く)れどあかぬ瞼(まぶた)かな   荒木田守武
(注)夏の夜が「明けない」、瞼が「開かない」という対照的な語を並べている。
なつの夜や吾妻(あずま)ばなしに月は西   西山宗因
(注)吾妻ばなしは、関西人による関東の話。
世の夏や湖水にうかぶ浪の上   松尾芭蕉
夏の夜や崩れて明けし冷やし物   松尾芭蕉
(訳)夏の夜が明けそめた。夜食の冷し物が、温み、形が崩れてしまっている。
夏の夜や木魂(こだま)に明(く)る下駄の音   松尾芭蕉
(注)下駄の音が木魂し、夏の夜が明ける、の意味。
切味噌のひなた臭さや夏泊り   服部嵐雪
そこつなる雲こそ出づれ夏の旅   斎部路通
夏の夜は山鳥の首に明にけり   池西言水
(注)山鳥の顔は赤い皮膚が露出していて、最も目立つ部分。
ころがらん夏の青みのつづらやま   広瀬惟然
(訳)葛(つづら=蔓性植物)が茂り、緑一面の山。遠望すれば、転がってみたくなる。
これほどの三味線暑し膝の上   小西来山
夏酔や暁ごとの柄杓(ひしゃく)水   宝井其角
夏はまた冬がましじやといはれけり   上島鬼貫
(注)鬼貫に「冬はまた夏がましじやといひにけり」もある。
淀舟や夏の今来るやまかづら   上島鬼貫
江戸に居て夏のやどりや隅田川   水間沾徳
夏の夜の闇も納まる星の数   志太野坡
(訳)夏の夜が更けて、本当の闇になった。空には無数の星が輝いている。
座敷まで届かぬ夏の木陰かな   志太野坡
夏の日や数奇屋大工の物静   杉坂百明
人をと(音)のやむとき夏の夜明けかな   大島蓼太
夏の夜や雲より雲に月走る   高桑闌更
夏は猶(なお)もゆるか雲の浅間山   高桑闌更
夏の夜をとりひろげたり草の上   蘭水
夏の夜は土器(かわらけ)ぬれて明けにけり   夏目成美
夏の夜や酢を買ふ女月に立つ   夏目成美
夏の暁けや牛に寝てゆく秣(まぐさ)刈り   小林一茶
夏の夜は銅壷もさめず明けにけり   夏目吟江
閑居して不善もなさず夏百日   岡田機外
人行くや夏の夜明の小松原   正岡子規
夕暮や夏の柱の椅(よ)り心   尾崎紅葉
宇治の夏淋しきところ酒屋あり   松瀬青々
山奇にして雲又更に奇なる夏   巌谷小波
水色のものなべてよし夏夕べ   武田鶯塘
夏の夜の湖白し松の間   佐藤紅緑
楓樹林蒼々として日ざし夏   青木月斗
星天に干しつるる衣や杣(そま)が夏   原石鼎
(訳)星空の山中に衣が干しつるされている。これが杣(きこり)たちの夏なのだ。
暗く夏の夜地を木の根走り   中塚一碧楼
月の輪をゆり去る船や夜半の夏   杉田久女
手鏡にあふれんばかり夏のひげ   日野草城
みづみづしセロリを噛めば夏匂ふ   日野草城
炎帝につかへてメロン作りかな   篠原鳳作
すがる子のありし浴(ゆあ)みや夏夕べ   石橋秀野
かなしさよ夏病みこもる髪ながし   石橋秀野

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