蛍、初蛍、ほうたる、蛍火

蛍、初蛍、ほうたる、蛍火、昼蛍、夕蛍、朝蛍、蛍狩り、蛍籠、草蛍、蛍売り

 蛍のうち俳句に最も多く詠まれているのがゲンジボタルで、体長は1・5センチほど。川辺に生息し、宵から夜半近くまでは尻を光らせながら盛んに飛ぶが、深夜になると草の中に隠れてしまう。ヘイケボタルは体長0・8センチ前後。池や水田などの止水域に生息する。本州にはこのほかヒメボタル、マドボタルなどがいるが、俳句に詠まれることは稀だ。

 蛍を放し、捕まえることを「蛍狩り」というが、光を愛でることも意味する。

五月雨に火の雨まじる蛍かな   荒木田守武
高野山谷の蛍もひじりかな   松永貞徳
ふく風に居尻定めぬ蛍かな   西山宗因
水辺に付けはなれゆく蛍かな   西山宗因
蛍火をひるは何所(いずこ)に池の水   杉本美津女
(注)美津女は1647年没。最初の女流俳人とされる。
夜の錦うき世は昼の蛍かな   井原西鶴
喜撰法師蛍のうたもよまれけり   山口素堂
昼見れば首筋赤きほたる哉   松尾芭蕉
草の葉を落つるより飛ぶ蛍かな   松尾芭蕉
目に残る吉野を瀬田の蛍かな   松尾芭蕉
己が火を木々の蛍や花の宿   松尾芭蕉
蛍灯の昼は消えつつ柱かな   松尾芭蕉
すつときて袖に入りたる蛍かな   杉山杉風
しののめにほたるの一つ行く白し   杉山杉風
稲舟に休みかねてや飛ぶ蛍   河合曾良
牛部屋に昼見る草のほたるかな   池西言水
蛍火や吹きとばされて鳰(にお)の闇   向井去来
手のうへにかなしく消ゆる蛍かな   向井去来
蓑乾して朝々ふるふ蛍かな   服部嵐雪
飛ぶ蛍暮れてもあれが天王寺   小西来山
桐の葉に光り広げる蛍かな   服部土芳
あはれさは昼を埋火の蛍かな   越智越人
暗闇の筧(かけい)をつたふ蛍かな   森川許六
蚊遣火の烟(けむり)にそるる蛍かな   森川許六
草の戸に我は蓼くふ蛍かな   宝井其角
(注)其角が脱俗・遊蕩の自分を詠んだ句。芭蕉は「朝顔に我は飯食ふ男かな」と応えた。
柴舟にこがれてとまる蛍かな   宝井其角
こいこいといへどほたるが飛んでゆく   上島鬼貫
藪垣や卒塔婆のあひを飛ぶ蛍   上島鬼貫
蕗の葉をへだてて見るや這ふ蛍   野沢凡兆
さびしさや一尺消えてゆく蛍   立花北枝
笛の音や蛍出てちる水の上   立花北枝
田の水を見せて蛍のさかりかな   立花北枝
呼ぶ声は絶てほたるのさかり哉   内藤丈草
ついと来る椽(えん)に蛍や池の露   内藤丈草
持ち寄りて放つ蛍や椽の先   内藤丈草
(注)美濃(岐阜県南部)の光明寺で開かれた句会で。持ち寄った蛍を一斉に放った。
松山や蛍消え込む朝あらし   志太野坡
消えかねて蘆にうたるる蛍かな   志太野坡
窓に寝て雲を楽しむ蛍哉 各務支考
傾城の蚊屋にきのふの蛍かな  滝瓢水
(訳)遊女の蚊屋に昨夜放った蛍がとまっている。客(私?)が遊びで放った蛍だ。
しからるる子の手に光る蛍かな   横井也有
奪ひ合うて弱らかしたる蛍かな   横井也有
とまるものなくて町ゆく蛍かな   横井也有
川ばかり闇はながれて蛍哉   加賀千代女
うつす手に光る蛍や指のまた   炭太祇
飛ぶ蛍あれといはんもひとりかな   炭太祇
学問は尻からぬけるほたる哉   与謝蕪村
狩衣の袖のうら這ふ蛍かな   与謝蕪村
掴みとりて心の闇のほたる哉   与謝蕪村
さし汐に雨の細江のほたる哉   与謝蕪村
洪水を見てかへるさのほたるかな   与謝蕪村
水底の草にこがるる蛍哉   与謝蕪村
ほたる飛ぶや家路にかへる蜆(しじみ)売り   与謝蕪村
辻堂の仏にともすほたる哉   与謝蕪村
淀舟の棹の雫もほたるかな   与謝蕪村
佐保河のほたるに遊ぶ上草履   与謝蕪村
手習ひの顔にくれ行くほたるかな   与謝蕪村
静けさの柱にとまるほたるかな   与謝蕪村
淀舟の棹の雫(しずく)もほたるかな   与謝蕪村
迷ひ子の泣き泣きつかむ蛍かな   堀麦水
追れては月にかくるるほたる哉   大島蓼太
関の燈の一つうごかぬ蛍哉   大島蓼太
(訳)蛍があたりを飛び交っている。その中に関所の灯が一つ、動かず灯っている。
夕かぜやほたるの中の洗ひ馬   大伴大江丸
蛍よぶ声したひゆく川辺かな   勝見二柳
草うてば蛍乱るる古江かな   高桑闌更
更け行くや蛍地を這ふ町の中   高桑闌更
雨の夜や猶(なお)おもむろに行く蛍   黒柳召波
もつれつつ水無瀬をのぼる蛍かな   三浦樗良
盃のうえに吹かるる蛍かな   加藤暁台
云ふことの聞へてや高く飛ぶ蛍   加藤暁台
ほたる灯や雨の笹山吹きおろし   加藤暁台
田の水や溢るる方へ飛ぶほたる   蝶夢
岸草の蛍こぼるる四つ手かな   吉川五明
(訳)川に沈めておいた四つ手網を揚げた。岸の草から蛍がこぼれるように飛び立った。
蛍火のつやつや這ふや竹の艶   吉川五明
むら松やきえんとしては行く蛍   加舎白雄
月の夜は地に影うつる蛍かな   松岡青蘿
藪かげやさゆりの花にとぶ蛍   松岡青蘿
あるじなき几張にとまる蛍かな   高井几董
水落ちて草のうき洲によるほたる   宮紫暁
竹むらや降り出し雨にとぶ蛍   宮紫暁
傘(からかさ)に畳んで戻る蛍かな   平山梅人
宵の間や大竹原をゆくほたる   井上士朗
鉄漿(かね)捨てに出たれば草の蛍哉   岩間乙二
(注)鉄漿は女性が歯を黒く染めるための液体。江戸時代は結婚した女性がつけた。
杭際の渦にまかるる蛍哉   成田蒼虬
雨の夜の葉裏を伝ふ蛍かな   夏目吟江
吹き落ちてしばし水行く蛍哉   夏目吟江
浮草と共に流るる蛍かな   夏目吟江
水にもえ月に消え行く蛍哉   夏目吟江
大蛍ゆらりゆらりと通りけり   小林一茶
物さしのとどかぬ松や初蛍   小林一茶
熊坂が長刀(なぎなた)に散る蛍哉   小林一茶
(注)熊坂は義経伝説に登場する盗賊、名は長範。熊坂が長刀を振ると、蛍火が散る。
手の皺に蹴つまづいたる蛍かな   小林一茶
草の葉や犬に嗅(かが)れてとぶ蛍   小林一茶
舟引の足にからまる蛍かな   小林一茶
わんぱくや縛られながらよぶ蛍   小林一茶
夕暮れや蛍にしめる薄畳   小林一茶
さくさくと飯くふ上を飛ぶ蛍   小林一茶
出支度の飯の暑さやとぶ蛍   小林一茶
孤(みなしご)の我は光らぬ蛍かな   小林一茶
日暮るれば我笠からも飛ぶほたる   桜井梅室
一つ来て蛍さみしや宵の雨   得田南齢
さみしさや音なく起つて行く蛍   村上鬼城
人寝(い)ねて蛍飛ぶなり蚊張の中   正岡子規
蛍飛ぶ中を夜舟のともしかな   正岡子規
夜の山の大なるがあり蛍とぶ   松瀬青々
馬ひとり忽(こつ)と戻りぬ飛ぶ蛍   河東碧梧桐
午(ひる)の蛍ゆびわの珠にすきとほる   泉鏡花
寝し家を喜びとべる蛍かな   高浜虚子
蛍火の鞠のごとしやはね上がり   高浜虚子
波に飛ぶ蛍を見たり五大堂   寺田寅彦
山霧に蛍きりきり吹かれたり   臼田亜浪
蛍火と知りて寝落ちし旅泊かな   臼田亜浪
ほうたるほうたるなんでもないよ   種田山頭火
人殺す我かも知らず飛ぶ蛍   前田普羅
この山をよすがらまもり雨蛍   原石鼎
(注)よすがらは、夜すがら。夜もすがら。夜通し。
尻の火に横筋もゆる蛍かな   原石鼎
蛍火をとり落としたる青さかな   高橋淡路女
水のしらみもなく蛍火ひとつ過ぐ   富田木歩
蛍火の瓔珞(ようらく)たれしみぎわかな   川端茅舎
(注)瓔珞は糸に宝石を通した装身具。水際(みぎわ)に垂れた草に蛍が連なっている。
瀬がしらに触れむとしたる蛍かな   日野草城
朝ぼらけ水(み)隠る蛍飛びにけり   芝不器男
(注)水隠るは、水中に隠れること。この場合は、水中に隠れていたかのような蛍だろう。
三越の鉄扉小暗しはたる買ふ   石橋秀野

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