暑さ、暑し、暑気、炎暑

 夏になれば当然、暑くなるが、時代によって「暑さ」の質も異なってくる。江戸時代の句には、うんざりするような暑さを詠んだものが多く、エアコンどころか扇風機さえなかった時代の暑さがしのばれる。そんな中にあって「松の葉の落ちて地に立つ暑かな」(風律)「大蟻のたたみをありく(歩く)暑さ哉」(士朗)といった現代俳人の作と思わせる句も散見する。

焼豆腐うすくてあつき夕日かな   西山宗因
(注)薄い、暑い(厚い)の掛け。
菅笠の影ぼし暑き広野かな   伊藤信徳
人ただに水音暑しはねつるべ   伊藤信徳
肌かくす女の肌のあつさ哉   田捨女
暑き日も樅の木の間の夕日かな   山口素堂
暑き日を海に入れたり最上川   松尾芭蕉
蛤(はまぐり)の口しめてゐる暑さかな   松尾芭蕉
行く馬の跡さへ暑きほこり哉   杉山杉風
葛原もまた静かなる暑さかな   杉山杉風
はき庭の砂あつからぬ曇かな   山本荷兮
ただ居りて髪をあつがる遊女かな   斎部路通
うろうろと肥えた因果に暑さかな   斎部路通
乳垂れて水汲む蜑(あま)の暑さかな   江左尚白
暑き夜やいづくを足の置き処   江左尚白
石も木も眼(まなこ)に光る暑さかな   向井去来
蕣(あさがお)の二葉にうくる暑かな   向井去来
肘(ひじ)付(い)てひかりも暑し海の上   服部嵐雪
清水をばむすべば解くる暑さかな   越智越人
(注)むすぶ(掬ぶ)は、両掌を組み水をすくい飲むこと。「むすぶ」と「解く」の掛け。
道ばたに繭干す薫(かざ)のあつさ哉   森川許六
(注)薫は香(かざ)に同じ。繭の中のさなぎの匂いが鼻をつくのだ。
糟(かす)漬の瓜に酔ひたる暑さかな   森川許六
馬かたの胸髭あつき山路かな   岩田涼菟
舟暑し覗かれのぞく闇の顔   宝井其角
むら雨の木賊(とくさ)に通るあつさかな   宝井其角
小夜中に蝉一声の暑さかな   宝井其角
烏とぶ紺のあふぎのあつさかな   宝井其角
なんと今日の暑さはと石の塵を掃く   上島鬼貫
(訳)知人に会い、立ち話。座ろうとする石の上を手で掃きながら「暑いね」と嘆く。
あの山もけふの暑さの行衛(ゆくえ)かな   上島鬼貫
日の熱さ盥(たらい)の底の?(まくなぎ)かな   野沢凡兆
時もはや梅に塩する暑さかな   志太野坡
負うた子に髪なぶらるる暑さかな   斯波園女
青雲(あおぐも)に底の知れざる暑さかな   浪化
日の岡やこがれて暑き牛の舌   水田正秀
桐の葉にほこりのたまる暑さかな   小泉孤屋
聟入の噺(はなし)聞くさへ暑きかな   松本珪琳
赤松の松脂(やに)匂ふ暑さかな   長谷川馬光
釣鐘に横日の残る熱さかな   長谷川馬光
我が家に居所捜す暑さかな   望月宋屋
松の葉の落ちて地に立つ暑かな   木地屋風律
肌かくす女の罪の暑さかな   谷田田女
抱いた子は負ふた子よりも暑きかな   横井也有
物申(ものもう)の声にもの着るあつさかな   横井也有
(注)物申は「物申す」の略。この場合は人の家を訪ねたときの声。
傾城の汗の身を売るあつさかな   横井也有
(注)傾城は遊女のこと。
井戸ほりの浮世へ出たる暑かな   横井也有
子福者といはれて蚊屋の暑かな   横井也有
不破の関昼は日のもる暑かな   横井也有
晩鐘に散り残りたるあつさかな   加賀千代女
来てみれば森には森の暑さ哉   加賀千代女
暑き日や枕一つを持ち歩き   蝶夢
里はいま夕めし時の暑さかな   何処
松陰に旅人帯とく暑かな   炭太祇
病で死ぬ人を感ずる暑さ哉   炭太祇
色濃くも藍の干上るあつさかな   炭太祇
酒倉に蝿の声きく暑かな   炭太祇
着のゆるむあつさの顔や致仕の君   炭太祇
(注)致仕は辞職のこと。七十歳の異称でもある。
世の外に身をゆるめゐる暑かな   炭太祇
木枕に耳のさはりて暑きかな   炭太祇
酒好の頬猶(なお)垂れぬ暑さかな   炭太祇
裸身に鋸(のこ)屑かかるあつさかな   溝口素丸
百姓の生きて働く暑さかな   与謝蕪村
日がへりのはげ山越ゆる暑さ哉   与謝蕪村
端居して妻子を避ける暑さかな   与謝蕪村
新田に家ひとつ建つ暑さかな   与謝蕪村
合羽(かっぱ)干す河原表の暑さかな   堀麦水
(注)河原表は河原に面する場所。
傘(からかさ)の匂うて戻る暑さかな   喜多村涼袋
葉ばかりの薊(あざみ)ものうき暑かな   三宅嘯山
大津絵に丹(たん)の過ぎたる暑さ哉   大島蓼太
(注)丹は日本画顔料の赤色。
捨苗の道々枯れてあつさかな   大島蓼太
傾城の身をまかせたる暑さかな   大伴大江丸
負ふた子に髪なぶらるる暑さかな   斯波園女
暑き日や産婦も見えて半屏風   黒柳召波
町あつし振舞水の埃(ほこり)かな   黒柳召波
(注)夏の盛りに道端に水を入れた桶を置き、通行人に自由に飲ませたのが振舞水。
草暑し医者なき里の水あたり   吉川五明
水のめば腹のふくるるあつさかな   高井几董
大蟻のたたみをありく(歩く)暑さ哉   井上士朗
世は暑し膳にむかへば妻子あり   夏目成美
さびつきて碇(いかり)の暑し砂の上   岩間乙二
真中に膳すゑてある暑かな   成田蒼虬
大空の見事に暮(る)る暑さ哉   小林一茶
暑き夜の荷と荷の間(あい)に寝たりけり   小林一茶
食ぶとり寝ぶとり暑さ暑さかな   小林一茶
満月に暑さのさめぬ畳かな   小林一茶
暑き日に何やら埋む烏かな   小林一茶
あつき夜や江戸の小隅のへらず口   小林一茶
しなの路の山が荷になる暑さかな   小林一茶
米値段ぐつぐつ下がる暑さかな   小林一茶
じつとして白い飯くふ暑さかな   小林一茶
帯とけば砂のこぼるる暑かな   桜井梅室
杖ついて坂見上げたる暑哉   夏目吟江
耳遠き使いの来たる暑さかな   八木芹舎
籐枕に毛をはさまれし暑さかな   佐藤採花女
夕栄(え)の水にも残る暑さかな   重田石丈
なまなかに雨雲見ゆる暑かな   蒼狐
雨やんでやつぱりもとの暑かな   軽羅
いかづちを遠く聞く夜の暑さ哉   丸室
(注)いかづちは雷のこと。
網干して夕日の漏るる熱さかな   也山
云うまいと思へど今日の暑さ哉   作者不詳
人間の皮着て今日の暑さかな   安藤和風
雨晴れてまたあらたまる暑さかな   正岡子規
あら壁に西日のほてる暑さかな   正岡子規
死ぬほどに暑しと日々に言ひやまず   岡本松浜
老骨の夜々に削がるる暑さかな   岡本松浜
蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな   芥川龍之介
松かげに鶴はらばへる暑さかな   芥川龍之介
木の枝に瓦のさはる暑さかな   芥川龍之介
咳暑し茅舎小便又漏らす   川端茅舎
(注)「失禁は重症結核患者の生理的現象」と茅舎自身が書く。心から泣きたいという。
あつき夜をののしりいそぐ女かな   石橋秀野

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