柳、枝垂(しだれ)柳、柳の糸、柳の芽

 柳は春になって最も早く芽吹く植物の一つ。日本に多いのは枝が垂れる枝垂柳で、細い枝と緑の葉が風になびく様子が、人々に好まれている。ことに桜と対照され、春を代表する風物となり、和歌や俳句などの題材として用いられている。芽が出ないうちに白い綿のような花が咲き、空中をふわふわと飛ぶ。これを柳絮(りゅうじょ・柳の綿)という。

したがへば嵐も弱る柳かな   荒木田守武
(訳)嵐が来ても、「柳に風」と受け流していれば、やがて嵐も弱まってくる。
風のなき時は木になる柳かな   岸本調和
(訳)風のない時に柳を見ると、「なるほど柳も木なのだな」と思う。
入相(いりあい)の姿を見する柳かな   岸本調和
(注)入相は夕暮。
八九間空で雨ふるやなぎかな   松尾芭蕉
(訳)雨は上がったが、高さ八、九間(約15メートル)の柳の枝からまだ雨がしたたり落ちてくる。
傘(からかさ)に押分け見たる柳かな   松尾芭蕉
青柳のたたいて遊ぶ戸びらかな   向井去来
(訳)青い柳の枝が風に揺れて、戸を叩いている。柳が遊んでいるようだ。
何事もなしと過ぎゆく柳かな   越智越人
(訳)町を歩いたが、変わった事はない。柳を眺めながら行過ぎる。
水すじを尋ねてみれば柳かな   森川許六
(訳)水脈(地下水)を探し当てたら、付近に柳が生えていた。なるほど、と思う。
傾城の賢(けん)なるはこの柳かな   宝井其角
(訳)遊女は賢く客と付き合っている。柳が風を受け流すような、そんな賢さだ。
さかさまに鷺の影見る柳かな   宝井其角
おもひ出(いで)て物なつかしき柳かな   椎本才麿
紙燭(しそく)して客送り出す柳かな   椎本才麿
つき鐘のひびきに動く柳かな   椎本才麿
舟かりて春見送らん柳蔭   立花北枝
引寄せて放しかねたる柳かな   内藤丈草
(訳)柳の枝を引寄せて眺めてみたが、放せば枝の勢いで自分が打たれそうだ。
ほんのりと日の当りたる柳かな   志太野坡
五人扶持(ぶち)とりてしだるる柳かな   志太野坡
(訳)五人扶持ではあるが、俸禄を取る家。柳も余裕を見せ、しだれている。
見上ぐればまだ日の残る柳かな   志太野坡
人ごみの中にしだるる柳かな   浪化
青空の底といふべき柳かな   浪化
肴屋がはいつた門は柳かな   浪化
水音の野中淋しき柳かな   浜田洒堂
くれやすき春に鞭(むち)打つ柳かな   中川乙由
(訳)春は暮れ易い時期。柳の枝がゆれて、春を鞭打ち、急がせているようだ。
屋根ふきにたばねられたる柳かな   横井也有
加減して土へはつかぬ柳かな   横井也有
帆につれて走りそふなる柳かな   横井也有
(訳)帆掛け舟が岸辺を行く。その風にあおられ、柳も帆に添うように揺れている。
渡場に茶屋がをしへし柳かな   横井也有
(訳)柳があり、舟の渡し場が。茶屋(茶店)で「柳があるところ」と教わっていた。
裏門は二王もなくて柳かな   横井也有
昼の夢ひとりたのしむ柳かな   加賀千代女
釣竿の糸吹きそめて柳まで   加賀千代女
(訳)釣りを眺めていたら、糸が風で動いた。すぐにこちらの柳も風で揺れた。
花咲かぬ身はふり安き柳かな   加賀千代女
(訳)柳はきれいな花を咲かさない。だから気安く、あちこちに動いているのだろう。
一抱へあれど柳は柳かな   伝・加賀千代女
(注)千代女は太っていたという。そんな評判に「でも、女らしいでしょう」と応えた。
引寄せて折る手を抜ける柳かな   炭太祇
不二颪(ふじおろし)十三州の柳哉   与謝蕪村
(訳)富士颪がどっと吹く。富士が見えるという十三州の柳が一斉になびいた。
風吹かぬ夜はもの凄き柳かな   与謝蕪村
一軒の茶見世の柳老にけり   与謝蕪村
(注)俳詩「春風馬堤曲」の中の一句。
やなぎから日のくれかかる野道かな   与謝蕪村
三尺の鯉くくりけり柳影   与謝蕪村
横に降る雨なき京の柳かな   与謝蕪村
青柳や芹生(せりょう)の里のせりの中  与謝蕪村
(注)芹生は京都大原の西の地の古称。
むつとして戻れば庭に柳かな   大島蓼太
(注)人のありようを柳に教わる、という句。江戸時代にもてはやされた。
青柳やまだあけぼのの地につかず   大島蓼太
(訳)明方、青い柳を見る。空は明るいが、地面にまだ明るさが届いていない。
裾まではまだ暮きらぬやなぎかな   大島蓼太
船頭の話を聞けば柳かな   川上不白
春やむかし出口の柳見てかへる   大伴大江丸
(訳)吉原へ通ったのも昔のこと。いまは出入口の柳を見て帰るだけだ。
青柳や酢売の潜る門の内   高桑闌更
遠里や柳一もと打曇る   高桑闌更
透かし見る舟景色よし江の柳   高桑闌更
五条まで舟は登りて柳かな   黒柳召波
青柳や堤の春の行く所   黒柳召波
(訳)堤に青い柳がある。柳の揺れるあのあたりから、春は過ぎていく。
水の日の柳にうつる動きかな   吉川五明
すかし見て星に淋しき柳かな   三浦樗良
旅人の見て行く門の柳かな   三浦樗良
ふるさとへ戻りて見たる柳かな   三浦樗良
のらのらと柳見に行くつつみかな   加藤暁台
太刀の柄に手をかけ潜る柳かな   加藤暁台
あかつきの星をくくりし柳かな   加藤暁台
吹きあるる竹の中より糸やなぎ   加藤暁台
ややしばしけぶりを含む柳かな   加藤暁台
(訳)柳の中に煙が流れてきた。柳はしばらく煙を包んでいるかのようだ。
青々と柳のかかる築地(ついじ)かな   蝶夢
(注)築地は、屋根つきの土塀。築地垣。
夕汐や柳がくれに魚分つ   加舎白雄
柳なをしりぞき見れば緑なる   加舎白雄
月もややほのかに青き柳かな   松岡青蘿
犬に逃げて庭鳥(鶏)上る柳かな   高井几董
しばし見む柳がもとの小鮒市   高井几董
恋々として柳遠のく舟路かな   高井几董
比良の雪大津の柳かすみけり   高井几董
家百戸あれば寺ある柳かな   高井几董
月遠く柳にかかる夜汐かな   加舎白雄
家百戸あれば寺ある柳かな   高井几董
青柳や暮て啼き続く淀の犬   井上士朗
柳蔭何所(どこ)への旅かいとま乞ひ   栗田樗堂
(訳)柳の陰で別れの挨拶をしている人がいる。どこへ旅立っていくのだろう。
青柳や雨にぬれたる淀の城   栗田樗堂
気に入らぬ風もあらうに柳かな   青峨
青柳のほどけて枸杞(くこ)の垣根かな   建部巣兆
青空に馴れて米ふむ柳かな   建部巣兆
青柳や暮れて啼き続(つ)ぐ淀の犬   井上士朗
魚提げて柳がくれにもていりぬ   夏目成美
鳶烏柳は青うなりにけり   寺村百池
今朝虹をかけしともいふ柳かな   岩間乙二
青柳の中より見たり朝朗(あさぼらけ)   岩間乙二
のどかなるもののさびしき柳かな   江森月居
近道はまた雫(しずく)する柳かな   成田蒼虬
柿寺と日ごろおもへど柳かな   成田蒼虬
あら壁にけさは影ある柳かな   成田蒼虬
蔵米を運ぶちまたの柳かな   成田蒼虬
どしどしと米踏む音や糸やなぎ   成田蒼虬
雨あがり朝飯過ぎの柳かな   小林一茶
身じろぎもならぬ塀より柳かな   小林一茶
けろりくわんとして烏と柳かな   小林一茶
(注)けろりかん(旧仮名表記けろりくわん)は、けろりを強調した言葉。
柳からももんぐああと出る子かな   小林一茶
(注)ももんがあ(ももんぐああ)は突然飛び出し、人を驚かす遊び言葉。
振り向けばはや美女過ぎる柳かな   小林一茶
(訳)美女とすれ違った。間を置いて振り向くと、美女は通り過ぎ、柳が目に入った。
ちょんぼりと不二の小脇の柳かな   小林一茶
旅人と婆々と見てゐる柳かな   桜井梅室
柳見た灯で庵の灯をともしけり   桜井梅室
柳見て思ひ出しけり酒の債   桜井梅室
青柳や人立こみし居合抜   桜井梅室
膳持ちて柳くぐるや別座敷   河原悠々
とびとびに橋ある町の柳かな   堀川鼠来
牛飼の牛撫でてゐる柳かな   椿月杵
切り株も柳になるや雨三日   田中義村
橋涼し昼は柳のあるばかり   池原梅旭
川ありと見えてつらなる柳かな   正岡子規
故郷にわが植ゑおきし柳かな   正岡子規
橋越せば酒屋もありて柳かな   山寺梅龕
浅みどり柳の村となりにけり   佐藤紅緑
舟岸につけば柳に星一つ   高浜虚子
よけて入る雨の柳や切戸口   永井荷風
(注)切戸は塀や扉を切り抜いて作った小さな出入口。
門の灯や昼もそのまま糸柳   永井荷風
雪どけの中にしだるる柳かな   芥川龍之介
恋々として古都に住みたき柳かな   大谷句仏
あるだけの並ぶ俥(くるま)や駅柳   田中田士英
卒然と風湧き出でし柳かな   松本たかし

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