燕(つばめ、つばくろ、つばくら、つばくらめ)、乙鳥(つばめ)、玄鳥(つばめ)、岩燕、燕来る、初燕

 人里に飛来し、人家に巣を作るので、昔から人に親しまれている鳥である。江戸期から俳句によく詠まれているが、和歌には少ない。「つばめ」のほか、「つばくろ」「つばくらめ」などと呼ばれる。朝燕、夕燕、里燕、群燕などの語もあり、秋の燕は秋燕、冬の燕は冬燕、秋に南に帰る燕を帰燕(きえん)と言う。

盃に泥な落しそむら燕   松尾芭蕉
(訳)巣作りに泥を運ぶ燕たちよ。酒の盃に泥を落としてくれるなよ。
わら屋根に烏見ぬ日ぞ濡れ燕   池西言水
簾(す)に入りて美人に馴るる燕かな   服部嵐雪
乙鳥や赤土道のはねあがり   広瀬惟然
山の辺や風より下を行く燕   小西来山
乙鳥や御油(ごゆ)赤坂の二世帯   森川許六
(注)御油、赤坂は東海道に隣接する宿場町。
水に連れて流るるやうな燕かな   椎本才麿
茶の水に塵な落しそ里つばめ   宝井其角
(注)芭蕉の句「盃に……」の本歌取りか。
山の端に乙鳥をかへす入日かな   宝井其角
蔵並ぶ裏は燕のかよひ道   野沢凡兆
馬かりて燕追ひ行くわかれかな   立花北枝
燕や何を忘れて中(ちゅう)がへり   中川乙由
張りものの紅(くれない)くぐるつばめかな   横井也有
燕(つばくら)やはなし声する壁隣   横井也有
来た日からもう忙がしき燕かな   横井也有
燕や酢の看板を抜けて行く   横井也有
青柳の心には似ぬ燕かな   加賀千代女
つばくらの矢返り早し角櫓(すみやぐら)   溝口素丸
来るとはや往き来数ある燕かな   炭太祇
燕啼いて夜蛇をうつ小家かな   与謝蕪村
大津絵に糞落しゆく燕かな   与謝蕪村
大和路の宮も藁屋もつばめかな   与謝蕪村
ふためいて金の間を出る燕かな   与謝蕪村
酒旗につばめ吹るる夕べかな    黒柳召波
燕の面なぬらしそ浪がしら   加藤暁台
人住みて燕すみなす深山かな   加舎白雄
走り帆の帆綱かいくぐるつばめかな   加舎白雄
むら燕牛の股ぐら潜りけり   高井几董
都辺の野は町と成るつばめかな   高井几董
(訳)都の近くの野に家が建ち、町になった。町が出来ると燕がやってくる。
燕や流れのこりし家二軒   高井几董
乙鳥(つばくら)や雪に撓みし梁の上   高井几董
乙鳥や流れ残りし家二軒   高井几董
(訳)秋出水で多くの家が流された村落。残った二軒に燕が来ている。
雨晴れて燕並ぶ垣根かな   井上士朗
夕燕われには翌(あす)のあてもなし   小林一茶
一番に乙鳥のくぐるちのわ(茅の輪)かな   小林一茶
(訳)神社が夏のお祓いのために茅の輪をつくった。最初に燕がくぐっていった。
今来たと顔を並べるつばめかな   小林一茶
馬の耳すぼめて通すつばめかな   桜井梅室
燕や古巣の脇にまた一つ   岸田東処
馬市や人の中飛ぶ燕   香墨
藍壷に泥落したる燕かな   正岡子規
乙鳥や赤いのれんの松坂屋   夏目漱石
新しき黒き頭のつばめかな   相島虚吼
乙鳥や京の紅屋の赤のれん   巌谷小波
燕や三十三間堂の雨   大野洒竹
雨雲の山近き町や燕とぶ   大谷句仏
雨がちに独活(うど)は木となり燕   大須賀乙字
街行くに誤診の恥や飛ぶ燕   中塚一碧楼
燕や畷(なわて)にくばる堰(せき)の水 関川世外
燕来る軒の深さに棲みなれし   杉田久女
閃々(せんせん)と燕返しの山河あり   川端茅舎
裾高に著(き)て洗濯やつばくらめ   日野草城
燕の飛びとどまりし白さかな   松本たかし
(注)燕は虫などを狙うとき、空中にとどまる。その一瞬の腹部の白さ。
つばめ来と村の鍛冶屋が鎌を打つ   長谷川素逝
飛燕(ひえん)鳴けり馬鈴薯の花咲く丘に   石橋辰之助

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