椿、玉椿、薮椿、白椿、紅椿、乙女椿、つらつら椿、落椿、椿落つ

 江戸時代の句には「椿」とだけ詠んだ句が多く、時代が下るにつれて、「玉椿」(椿の美称)「白椿」「藪椿」などの作例が目立ってくる。「つらつら椿」は「列列椿」と書き、椿がたくさん並んで咲いている様子を表す。

鳥に落ちて蛙に当る椿かな   天野桃隣
谷川に翡翠と落つる椿かな   山口素堂
鶯の笠おとしたる椿かな   松尾芭蕉
(注)椿は鶯の笠、という見立てがある。鶯が落とした椿、それは鶯の笠だ、の意味。
遁(にげ)水や椿流るる竹のおく   松尾芭蕉
落ちざまに水こぼしけり花椿   松尾芭蕉
暁のつるべにあがる椿かな   山本荷兮
また一つ鉦(かね)に落ちけり藪椿   池西言水
一むしろちるや日うらの赤椿   向井去来
(注)日うらは日当りのいい山の面。
暁の雨を日に吐く椿かな   小西来山
水入れて鉢にうけたる椿かな   上島鬼貫
戸の開けて椿の見ゆる掃除かな   立花北枝
椿踏む道が寂莫(じゃくまく)たるあらし   各務支考
鵯(ひよどり)の嘴くちばし)いるるつばきかな   浪化
笄(こうがい)も櫛も昔やちり椿   野沢羽紅
(注)羽紅は野沢凡兆の妻。
花生けに葉は惘然(もうぜん)と散る椿   横井也有
(注)惘然は呆然。椿の花が散ってしまった葉の心をこう詠んだ。
椿折る人木隠れに答へけり   炭太祇
(訳)椿の枝を折る人に家人が声を掛けた。木隠れに謝りの答えが返ってきた。
椿落て昨日(きのう)の雨をこぼしけり   与謝蕪村
古井戸の暗きに落る椿かな   与謝蕪村
暁のあられ打ちゆく椿かな   与謝蕪村
はらはらと霰(あられ)ふり過ぐ椿かな   与謝蕪村
椿落ちて一僧笑ひ過ぎ行きぬ   堀麦水
岩角に兜くだけて椿かな   大島蓼太
(注)椿の花を逆さまにすると兜のように見える。椿が岩に当って砕けた様子を詠んだ。
落ちなむを葉にかかへたる椿かな   黒柳召波
渓(たに)の夜は水より明けて白椿   勝見二柳
目高浮く最中(もなか)に落つる椿かな   溝口素丸
赤椿咲きし真下に落ちにけり   加藤暁台
葉おもてにかまくら椿咲きにけり   加舎白雄
月させどよくよく闇(くら)き椿かな   岩間乙二
鵜の宿る下の椿も咲きにけり   成田蒼虬
我門に痩せ我慢してさく椿   小林一茶
牛の子の顔をつん出す椿かな   小林一茶
浦々の浪よけ椿咲きにけり   小林一茶
藪椿木を割る音にちりにけり   夏目吟江
椿おちて池の夕浪立ちにけり   桜井梅室
つばき落ち鶏(とり)鳴き椿また落ちる   桜井梅室
家根(やね)ふきの茶時と見えて花椿   特燕
蜜蜂も知らぬ木陰の椿かな   児玉逸淵
見回して背を伸(の)す犬や落椿   堤梅通
落椿水輪も消えず又落ちる   関為山
捨舟の日なた臭さや落椿   小林見外
雨持たぬ朝の曇りや落椿   井上井月
笹舟に流れ遅れて椿かな   田岡嶺雲
寂として富士見る寺や椿咲   岡野知十
大雪にうずまつて咲く椿かな   村上鬼城
落ちざまに虻(あぶ)を伏せたる椿かな   夏目漱石
赤い椿白い椿と落ちにけり   河東碧梧桐
落椿投げて暖炉の火の上に   高浜虚子
大空にうかめる如き玉椿   高浜虚子
(注)うかめるは「浮かべる」。玉椿は椿の美称。
ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に   高浜虚子
椿つなぐ子に父問へばウン死んだ   渡辺水巴
(注)椿の花を紐や麦わらでつなぎ、首飾りにする遊びがあった。
八重椿紅白の斑のみだりなる   鈴木花蓑
落椿挟まるままに立て箒(ほうき)   鈴木花蓑
山椿小鳥が二つかくれたり   臼田亜浪
笠へぽつとり椿だつた   種田山頭火
ふりかへる椿が赤い   種田山頭火
老衲(のう)のさつさと椿掃きにけり  清原枴童
(注)老衲は年取った僧。
椿落つる我が死ぬる家の暗さかな   前田普羅
一枝の椿を見むと故郷に   原石鼎
葉を打つて落ちし花あり崖椿   原石鼎
椿流るる行衛(ゆくえ)を遠くおもひけり   杉田久女
蒼海の波騒ぐ日や丘椿   杉田久女
咲き満ちてほのかに暗し藪椿   日野草城
椿落ちて色失ひぬたちどころ   芝不器男
いまひとつ椿落ちなば立ち去らん   松本たかし
南(みんなみ)の海湧き立てり椿山   松本たかし
風吹けば流るる椿まはるなり   松本たかし
雪を消す雨の降りをり落椿   松本たかし
籠り飛ぶ小鳥あるらし大椿   松本たかし
子が登る椿の花のふはり落つ  松本たかし

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