耕(たがやし)、耕人、耕馬、耕牛

 「耕し」は「たがえし」とも読む。つまり本来は春を迎えて田んぼを返すことだったが、畑の場合にも用いるようになった。一般の歳時記では「耕」「田打ち」「畑打ち」を別にしているが、本句集では三つの季語は同類季語と考え、この項に並べた。

耕(たがやし、たがえし)

ふり上ぐる鍬の光や春の野ら   杉山杉風
耕すやむかし右京の土の艶   炭太祇
耕すや鳥さへ啼かぬ山かげに   与謝蕪村
耕すや五石の粟のあるじ貌(かお)   与謝蕪村
耕(し)に馬持ちし身のうれしさよ   黒柳召波
(訳)今年から馬を飼うことができ、耕しの季節を迎えた。何とうれしいことだ。
十津河や耕す人の山刀   黒柳召波
耕すや世を捨て人の軒端まで   吉分大魯
我が心牛の心と耕しぬ   安斎桜磈子
墓地買うて猶(なお)葬らず耕しぬ   中塚一碧楼

畑打ち

うごくとも見えで畑うつ麓かな   向井去来
(注)「畑打つ男かな」もある。
畠うつや鳥さへ啼かぬ山かげに   与謝蕪村
畑打ちや我家も見えて暮遅し   与謝蕪村
畑うちやうごかぬ雲もなくなりぬ   与謝蕪村
畠打の目にはなれずよ摩耶が嶽   与謝蕪村
畑打や細き流れをよすがなる   与謝蕪村
畑うつや耳疎(うと)き身の只ひとり   与謝蕪村
川島もはたけうつなり淀かつら   大伴大江丸
痩脚や畑打休む日なたぼこ   黒柳召波
雉一羽たつ畑打のくさめかな   横井也有
年々や里の山畑うちのぼり   加藤暁台
(訳)来る年も来る年も、里の段々畑を耕しながら上っていく。
畑打つやあはれ母なき子を連れて   高井几董
鎌倉の世から畑うつおとこかな   夏目成美
(訳)男が黙々と畑を打っている。鎌倉時代から打っているのではないか。
棒きれでつついておくや庵の畠   小林一茶
(訳)周りの家では畠打ちを始めた。私の庵の小さな畑も棒きれでつついておこう。
畠打の真似して歩く烏かな   小林一茶
山畠や人に打たせてねまる鹿   小林一茶
畠打つや鍬でをしへる寺の松   小林一茶
(訳)畑打ちの人に寺の場所を聞くと、鍬を上げ「あの松の所」と教えてくれた。
畑打や田鶴(たづ)啼きわたる辺りまで   小林一茶
畠打ちの顔から暮るるつくば山   小林一茶
畑打ちやいつも出がけに飛ぶ小川   八木芹舎
畑打ちの鐘鳴る方を眺めけり   瓦村
畑打ちのためにも撞くや山の鐘   代五渡
畑打ちや東海道に出て戻る   三森幹雄
(訳)東海道沿いの畑。畑打ちが時々街道まで来るが、すぐに畑の中に戻っていく。
張り合いや畑打つにも隣あり   五味寥左
日あたりや江戸を後ろに畑打つ   内藤鳴雪
日一日同じ処に畠打つ   正岡子規
海を見て十歩に足りぬ畑を打つ   夏目漱石
物いはぬ人と生れて打つ畑か   夏目漱石
(訳)黙々と畑を打っている人がいる。生まれつき物を言わない人なのか。
畑打の四五人寄りし昼餉かな   河東碧梧桐
畑打ちのかしらがうつる障子かな   松瀬青々
畑打のだまつて動く静かさや   五百木飄亭
畑打つて戻る潮来の小舟かな   徂酔
能登の畑打つ運命に生まれけん   高浜虚子
戻り来て足音もなし畑打ち   鈴木花蓑
畑打に切貼障子とざしけり   石橋秀野

田打ち

足と鍬三本あらふ田打ちかな   横井也有
たがへしやいずこ道ある谷の底   黒柳召波
かへす田やよそにも牛を叱る声   三宅嘯山
田やかへすべたらべたらと谷の底   建部巣兆
六里来て田をうつあたり中尊寺   岩間乙二
ざくざくと雪かきまぜて田打ちかな   小林一茶
田を打つて弥々(いよいよ)空の浅黄かな   小林一茶
生きかはり死にかはりして打つ田かな   村上鬼城
汽車見えてやがて失せたる田打かな   芝不器男
谷底に田打てる見えて一人なり   臼田亜浪

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