猫の恋、猫の妻、恋猫、春の猫、孕(はらみ)猫、子猫、猫の子、猫の親

 猫の恋は、江戸時代から現代まで、俳人に好まれてきた季語。「猫の交尾期」「猫のさかり」などというよりはずっと詩的だし、「恋」としたので、より切実な感じを与えている。孕猫、子猫などは「猫の恋」の傍題とされているが、時間的な経過があり、違和感もある。

猫の恋竃(へつい)の崩れより通ひけり  松尾芭蕉
(注)伊勢物語、在原業平が築地の崩れから女性の所へ通った、という話を踏まえる。
猫の恋やむとき閨(うるう)のおぼろ月  松尾芭蕉
麦飯にやつるる恋か猫の妻     松尾芭蕉
うき友にかまれて猫の空ながめ   向井去来
(訳)恋敵(がたき)の猫に噛まれた猫。今日はどうしようかな、と空を眺めている。
竹原や二疋(ひき)あれ込む猫の恋    向井去来
両方に髭があるなり猫の恋     小西来山
(注)猫の恋を「猫の妻」とする句もある。
つま猫の胸の火やゆく潦(にわたずみ)  池西言水
(注)潦は雨が降ったのちの水たまり、水の流れ。
うらやまし思ひ切(る)時猫の恋  越智越人
(訳)猫の恋はすぐに終る。煩悩断ちがたい人間の一人として、うらやましく思う。
京町の猫かよひけり揚屋町     宝井其角
足跡をつまこふ猫や雪の中     宝井其角
猫の恋初手から鳴いて哀れなり   志太野坡
羽二重(はぶたえ)の膝に飽きてや猫の恋 各務支考
こがるるも十日ばかりや猫の恋   横井也有
声立てぬ時がわかれぞ猫の恋    加賀千代女
諌(いさ)めつつ繋ぎ居にけり猫の恋   炭太祇
(訳)恋猫が外にでていくのを「家にいなさい」と忠告しながら、紐で繋いでいる。
濡れてきし雨をふるふ(振るう)や猫の妻 炭太祇
噛れしが思ひもすてず猫の声    炭太祇
草を食む胸安からじ猫の恋     炭太祇
一ト刀えぐる声ありねこの恋    溝口素丸
順礼の宿とる軒や猫の恋   与謝蕪村
鏡見ていざ思ひきれ猫の恋     大島蓼太
(注)恋の季節の猫はやつれるもの。「そんな顔じゃ相手にされないよ」という忠告。
恋々(こいこい)て猫のおなかやはるの月 大伴大江丸
(注)恋猫の雌は妊娠し、腹がふくらむ。おなかが「張ってきた」と春の月をかける。
けふははや忘れにけりな猫の妻   高桑闌更
春の猫鳴く鳴く橋を渡るなり   吉川五明
戸をあけてはなちやり鳧(けり)猫の恋   加舎白雄
転び落ちし音してやみぬ猫の恋   高井几董
(注)恋猫二匹がもつれて屋根から落ちた。二匹は分かれ、恋はそれっきり。
琴の緒に足つながれつうかれ猫   高井几董
(注)琴の緒は、琴の糸のこと。
耳うとき老に飼はれて猫の恋   高井几董
物音にかひなき猫の別れ哉   夏目吟江
門番が明けてやりけり猫の恋   小林一茶
関守が叱りかへすや猫の恋   小林一茶
恋猫のぬからぬ顔で戻りけり   小林一茶
山猫も恋は致すぞ門のぞき   小林一茶
のら猫も妻乞ふ声は持ちにけり   小林一茶
鼻先に飯粒つけて猫の恋   小林一茶
菜の花にまぶれて来たり猫の恋   小林一茶
干し竿の落ちてわかれぬ猫の恋   室伏波静
老いと見し猫なかなかに春心   天野桑古
恋心なくて寒がる子猫かな   佐藤採花女
恋猫の戻らぬ二日三日かな   伊藤松宇
春の猫磯の月夜を鳴きわたる   村上鬼城
おそろしや石垣崩す猫の恋   正岡子規
恋猫のあはれやある夜泣寝入   正岡子規
恋猫の乾ける舌や水を飲む   篠原温亭
尾は蛇のごとく動きて春の猫   高浜虚子
スリッパを越えかねている子猫かな   高浜虚子
淡雪や通ひ路細き猫の恋   寺田寅彦
色町や真昼ひそかに猫の恋   永井荷風
(注)「真昼しずかな」もある。
泣き虫の子猫を親に戻しけり   久保より江
(注)自宅で生れた猫の子の処分が、昔は大問題。捨てようとした子猫を親に戻す。
猫の子のもらはれて行く袂(たもと)かな   久保より江
(注)子猫の貰い手見つかり一安心。子猫は着物の袂に入って、貰われていく。
山国の暗(やみ)すさまじや猫の恋   原石鼎
たまきはるいのちの声や猫の恋   宮部寸七翁
(注)たまきはるは「魂きはる」。「いのち」などにかかる枕ことば。
子猫ねむしつかみ上げられても眠る   日野草城
置かれたるところを去らぬ子猫かな   日野草城
(訳)捨てられた子猫がその場を動かない。親が来るのを待っているようで哀れだ。
恋猫やからくれないの紐をひき   松本たかし
眠り薬利く夜利かぬ夜猫の恋   松本たかし

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