桃は「桃の実」(秋の季語)を表し、花を詠むときは「桃の花」でなければならない。しかし実際には「桃」だけで桃の花を現している句にときどき出会う。芭蕉の「古寺」の句、蕪村の「さくらより」などがその例。花か実かは、句全体の意味から判断したい。
昼舟に乗るや伏見の桃の花 天野桃隣
白桃や雫も落ず水の色 天野桃隣
(注)ある歳時記の分類に従い「桃の花」としたが、桃の実の感じもある。
古寺の桃に米ふむ男かな 松尾芭蕉
船足も休むときあり桃の花 松尾芭蕉
わずらへば餅も食はずに桃の花 松尾芭蕉
おのおのの桃のむしろや等持院 服部嵐雪
手料理に苣(ちさ)のさしみや桃の花 森川許六
鍬(くわ)下げて叱りに出るや桃の花 岩田凉菟
軒裏に去年(こぞ)の蚊動く桃の花 上島鬼貫
乞食(こつじき)は寒しひだるし桃の花 立花牧童
(注)ひだるしは「饑し」。空腹の状態、ひもじい。
船頭の耳の遠さよ桃の花 各務支考
桃の花咲けど咲けども寒さかな 各務支考
菜畑や境てりあふ桃の花 浪化
川縁(べり)はみな桃さけり洗濯場 浪化
雲中に人の声あり桃の花 中川乙由
富士の笑ひ日に日に高し桃の花 加賀千代女
隠れ家も色に出にけり桃の花 加賀千代女
(注)「色に出にけり」で人目を避けて暮らす男女の隠れ家を表している。
戸の開けてあれど留守なり桃の花 加賀千代女
商人を吼ゆる犬ありももの花 与謝蕪村
さくらより桃にしたしき小家哉 与謝蕪村
(訳)小さな家に桃の花が咲いている。このような家には桜より桃が似つかわしい。
雨の日や都に遠きももの宿 与謝蕪村
茶に酔ひて宇治を立ちけり桃の花 堀麦水
桃のさく頃や湯婆(たんぽ)にわすれ水 横井也有
万歳の畑うつ頃や桃の花 横井也有
(注)万歳は正月に家々を廻る万歳の人。桃の咲く頃、自分の畑を耕している。
榾(ほだ)ひとり燃えて人なし桃の宿 大島蓼太
鋳掛師の吹革(ふいご)に散りぬ桃の花 高桑闌更
四五尺の桃花さきぬ草の中 加藤暁台
桃柳かがやく川の流れかな 蝶夢
家あるまで桃の中みちふみいりぬ 加舎白雄
鯛をきる鈍き刃物や桃の宿 高井几董
よき雨のはれて戸口の桃の花 成田蒼虬
桃咲くやぽつぽとけぶることし塚 小林一茶
老が世に桃太郎出よ桃の花 小林一茶
桃咲くやおくれ年始のとまり客 小林一茶
夜の桃あたたかなれば哀れなり 黄檗
昼日なか子の生れけり桃の花 鶴田卓池
木母寺の先は桃咲く在所かな 桜井梅室
桃咲くや川洗濯の背戸つづき 広瀬遅流
臼洗ふ門の日和や桃の花 佐久間甘海
税軽き十戸の村や桃の花 内藤鳴雪
故郷はいとこの多し桃の花 正岡子規
桃咲くや縁からあがる手習ひ子 斎藤緑雨
漁分(か)つ喧嘩のどかや桃日和 大須賀乙字
桃の花満面に見る女かな 松瀬青々
桃さくや湖水のへり(縁)の十箇村 河東碧梧桐
川渉(わた)り来る人もあり桃の宿 高浜虚子
臼の上に鶏鳴くや桃の花 中野其村
桃咲いて菜咲いて屋根に鶏の声 小林李坪
牛角の責め綱解くや桃の花 広江八重桜
源平桃地にも紅白散りみだれ 鈴木花蓑
白桃や莟うるめる枝の反り 芥川龍之介
笩(いかだ)師に村あればある桃桜 原石鼎
(訳)?師が?で川を下る。村の近くに来れば、必ず桃や桜が咲いている。
鶏買の度はづれ声や桃の花 富田木歩
何処(どこ)までも一本道や桃の中 松本たかし