霞(かすみ)、霞む、朝霞、夕霞、遠霞、薄霞

 きわめて細かい水の粒子が空中に浮遊するため、空気がぼんやりして遠くがはっきり見えない現象または状況を霞という。春の季語だが、春霞ということもある。冬の季語には「冬霞」「冬靄」がある。秋に起きる同じ現象は「霞」ではなく、「霧」と呼んでいる。昔は春、秋ともに「霞」と呼んでいたという。一茶に霞の句が多い。

雪ながら山本霞む夕(ゆうべ)かな   飯尾宗祇
我恋の松島もさぞはつ霞   西山宗因
春なれや名もなき山の朝霞   松尾芭蕉
(注)春なれやは、もう春だなぁ、という詠嘆。
大比叡(おおひえ)やしの字を引て一霞   松尾芭蕉
(注)大比叡は比叡山。しの字は、「し」を横にした形で霞が棚引いている様子。。
和歌のあととふや出雲の八重霞   松尾芭蕉
何の木も霞んで煙る小ぬか雨   杉山杉風
花を出て松へしみ込む霞かな   服部嵐雪
雪は申うさず先づ紫の筑波山   服部嵐雪
(訳)雪の筑波は言うまでもない。紫色に「霞む」いまの景色を愛でようではないか。
武蔵野の幅にはせばき(狭き)霞かな   服部嵐雪
(訳)武蔵野は広大だ。しかしこの霞は武蔵野の幅をはるかに上回っている。
遠里の麦や菜種や朝がすみ   上島鬼貫
遠う来る鐘のあゆみや春霞   上島鬼貫
橋桁(けた)や日はさしながら夕がすみ   立花北枝
山里や膳の先まで朝霞   江森月居
狂ひても霞をいでぬ野駒かな   水間沾徳
(訳)野馬が狂うように走ったとしても、この霞の中から抜け出すことは出来ないだろう。
雲霞どこまで行くも同じこと   志多野坡
二丁出て見るわが里の霞かな   横井也有
ふりむけば灯とぼす関や夕霞   炭太祇
今日は身を船子にまかす霞かな   炭太祇
大船の岩をおそるる霞かな   炭太祇
朝がすみ都は処々に塔の尖(せん)   炭太祇
指南車を胡地に引き去る霞かな   与謝蕪村
(注)指南車は古代中国の軍事用の車。常に南を示す人形を乗せていたという。
高麗(こま)船のよらで過ぎゆく霞かな   与謝蕪村
(訳)高麗(朝鮮)の船が港に寄らないで、霞の沖を過ぎて行く。想像の景。
草霞み水に声なき日ぐれかな   与謝蕪村
背のひくき馬に乗る日の霞かな   与謝蕪村
遠山にして人恋し薄霞   喜多村涼袋
波の寄る小じまも見えて霞哉   大島蓼太
馬借りてかはるがはるに霞けり   大島蓼太
(訳)馬一頭を借り、交代で乗る二人。かわるがわるに遠くへ行き、霞んでいる。
洛陽の朝餉過ぎたり春がすみ   大島蓼太
うしろにも前にも遠き霞かな   大島蓼太
帆か鷺か坂東太郎かすむ日は   大島蓼太
(注)坂東太郎は利根川の異称。
山霞み海くれなゐのゆふべかな   高桑闌更
日三竿(さんかん)雨になりゆく霞かな   黒柳召波
(注)三竿は高く上った状態。
鳥もろとも野に出でし我も霞むらん   三浦樗良
海青し百里の富士に朝がすみ   三浦樗良
八重霞日落ちていまだ夜ならず   加藤暁台
浦くれてかすみながらに火灯りぬ   加藤暁台
山くれて霞下せり大炊川(おおいがわ)   加藤暁台
かすみこめて薄むらさきの匂ひかな   加藤暁台
夕がすみ都の山はみなまろし   蝶夢
二またになりて霞める野川かな   加舎白雄
酔ざめや嶋を見こしの波かすむ   加舎白雄
高根まで青麦の世や夕がすみ   松岡青蘿
比良の雪大津の柳かすみけり   高井几董
夕霞思へば隔つ昔かな   高井几董
三条をゆがみもて行く霞かな   高井几董
こたつ出てまだ目の覚めぬ霞かな   高井几董
春のあはれ雉子うつ音も霞みけり   高井几董
(訳)雉を撃つ銃の音が遠くに響く。霞んだようなその音も春のあわれだ。
とし寄りのほくほくとゆく霞かな   井上士朗
朝法螺(ほら)の初瀬にこもる霞かな   井上士朗
鯛の汁食ふて出たれば月かすむ   夏目成美
売牛の村をはなるる霞かな   寺村百池
落馬せし去年の山路の霞かな   岩間乙二
小橋まで歩行(ある)いて来たり朝がすみ   成田蒼虬
鐘の声田一枚づつ霞みけり   成田蒼虬
さもと思ふあたりに立つや初かすみ   巒寥松
夕星のはなれて出ずる霞かな   巒寥松
霞む日や夕山かげの飴の笛   小林一茶
ほくほくとかすんで来るはどなた哉   小林一茶
うら窓にいつもの人が霞む也   小林一茶
家もはや捨てたくなりぬ春霞   小林一茶
じゃじゃ馬のつくねんとして霞む也   小林一茶
(注)じゃじゃ馬は暴れ馬。つくねんは、ぼんやりしている状態。
かすむ日や飴屋がうらのばせを(芭蕉)塚   小林一茶
古郷やいびつな家も一かすみ   小林一茶
きぬぎぬやかすむ迄見る妹(いも)が家   小林一茶
霞むならかすめと捨し庵かな   小林一茶
横乗りの馬のつづくや夕がすみ   小林一茶
(注)横乗りは馬に跨らず横向きに乗ること。女性がこの乗り方をした。
京見えて臑(すね)をもむなり春がすみ   小林一茶
白壁の誹(そし)られながら霞みけり  小林一茶
(注)白壁は金持ちの家の代名詞。
我里はどうかすんでもいびつかな   小林一茶
かすむ日やかすむ日やとてむだぐらし   小林一茶
横がすみ足らぬ処が我家ぞ   小林一茶
妻なしやありやかすんで居る小家   小林一茶
笠でするさらばさらばや薄かすみ   小林一茶
盗人のかすんでけけら笑ひかな   小林一茶
けふもけふも霞んで暮す小家かな   小林一茶
鰯焼く片山畠や夕かすみ   小林一茶
牡丹餅をくはえて霞む鴉かな   小林一茶
とりとめぬ蜑(あま)が仕事や薄霞   桜井梅室
諸国一見の僧はるばると霞けり   滝川愚仏
家建つる音にぎはしや八重霞   市原多代女
なつかしきものの一つや遠霞   秋山御風
霞けりいつかはかくと思ひしを   岩波其残
山鳩の鳴いて霞となりにけり   青山菊雄
霞む日や見て来た鐘を遠く聞く   東旭斎
何処やらに鶴(たず)の声聞く霞かな   井上井月
霞より頂(いただき)高し大菩薩   大森香芸
真直ぐな道こそ見ゆれ遠霞   野間流美
つくづくと見れば霞や雪の山   水野龍孫
榛名山大霞して真昼かな   村上鬼城
行く人の霞になつてしまひけり   正岡子規
髯剃ルヤ上野ノ鐘ノ霞ム日ニ   正岡子規
一銭の釣鐘撞くや昼霞   正岡子規
大国の山皆低きかすみかな   正岡子規
(注)中国・大連湾で。
霞みけり山消えうせて塔一つ   正岡子規
大兵の野山に満つる霞かな   正岡子規
老子霞み牛霞み流沙かすみけり   幸田露伴
(注)老子は青い牛に乗って函谷関を越え、秦の国へ行ったという。
霞む日に大鋸(のこぎり)の目立てかな   片山桃雨
西行を残して富士は霞みけり   巌谷小波
塔一つラインランドの霞かな   水野酔香
摘草の遠く来たりぬ夕霞   山田三子
鐘かすむ洛陽四百八十寺   徂酔
雪の嶺(ね)の霞に消えて光りけり   鈴木花蓑
(訳)雪の嶺が春霞の中に消えかかる時、きらりと光た。陽が当たったのだろう。
島二つ色異(こと)にして霞みけり   鈴木花蓑
久方の雪嶺見えて霞みけり    鈴木花蓑
塩竈(しおがま)の焚かぬ日つづく霞かな   塚本虚明
舟は帆をまいて櫓押せり春霞   高田蝶衣
日を恋ふて已(すで)に星ある霞かな  原石鼎
松山の城が見ゆるぞ夕霞   伴狸伴
荒あらし霞の中の山の襞(ひだ)   芥川龍之介
夕霞片瀬江の島灯り合ひ   松本たかし

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