蛙(かわず、かえる)、初蛙、遠蛙、夕蛙

 全俳句を代表する句といえば「古池や蛙飛込む水の音」(芭蕉)。蛙はそれほど俳句と密接な関係を持っているが、季語の分類上では、やっかいな面がある。上記の蛙は春の季語。しかし雨蛙、蟇(ひき、ひきがえる)は夏、河鹿は秋の季語とされる。変わった季語では「蛙の目借時(かわずのめかりどき=春/時候)」がある。

手をついて歌申(し)あぐる蛙かな   山崎宗鑑
歌軍(いくさ)文武二道の蛙かな   安原貞室
(訳)蛙はよく鳴くし、喧嘩もする。文武両道である。
見返るや我が足ふんでゆく蛙  伊藤信徳
古池や蛙(かわず)飛びこむ水の音   松尾芭蕉
一畦(あぜ)はしばし鳴きやむ蛙かな   向井去来
(訳)田の畦を歩くと、近くの蛙が鳴きやむ。そこから離れると、また鳴き出すのだ。
とまり江や火を焚く舟に寄る蛙   椎本才麿
(注)とまり江は舟が一泊するための入り江。
押合ふて鳴くと聞ゆる蛙かな   立花北枝
(訳)蛙の鳴き声は騒がしい。大勢の蛙が押し合いながら鳴いているかのようだ。
田を売りていとど寝られぬ蛙かな   立花北枝
(訳)田を売ったことが気になり、いよいよ寝られない。田の蛙も寝ずに鳴いている。
から井戸に飛びそこなひし蛙かな   上島鬼貫
(注)井戸に飛び込もうとしたら、から井戸だった、の意味。芭蕉の句のもじり。
松風をうちこして聞く蛙かな   内藤丈草
取りつかぬ心で浮かむ蛙かな   内藤丈草
(訳)どこを掴もうともせず、蛙は水に浮いている。(注)心を「力」とした書もある。
四五升の水にも住みてかはづかな   横井也有
(注)四五升は八リットルほど。そんな小さな水たまりにも蛙は住んでいる。
浮きしずむ身を泣きくらす蛙かな   横井也有
雨雲に腹のふくるる蛙かな   加賀千代女
泊り人のある夜初めて鳴く蛙   吉原黄山
泳ぐときよるべなきさまの蛙かな   与謝蕪村
(注)よるべなきさまは、頼るところがない様子。
閣に座して遠き蛙を聞く夜かな   与謝蕪村
彳(たたず)めば遠きも聞こゆかはずかな   与謝蕪村
(訳)近くの蛙の声ばかりのようだが、立ち止って耳を澄ますと、遠くの声も聞えてくる。
連歌してもどる夜鳥羽の蛙かな   与謝蕪村
傾城(けいせい)の物ほすかたや鳴くかはづ   大島蓼太
(注)傾城は遊女。
月の夜や石に登りて啼く蛙   高桑闌更
山里や盥(たらい)の中に鳴く蛙   高桑闌更
腹動く蛙にうつる夕日かな   高桑闌更
いづちともなくや蛙の在りどころ   黒柳召波
(注)いずちは何方。どちら。
はじめから声からしたる蛙かな   黒柳召波
果なしや今朝になりてもなく蛙   加藤暁台
あら小田に霧たつ夜あり初蛙   高井几董
居るだけが鳴くのでもなし初蛙   間宮宇山
立ちよれば松の月夜や啼く蛙   成田蒼虬
くらき夜のはるかの奥やはつ蛙   田川鳳朗
痩せ蛙まけるな一茶是(これ)に有   小林一茶
いうぜんとして山を見る蛙哉   小林一茶
(注)いうぜんとは悠然と。読む場合も「ゆうぜんと」。
大蛙から順々に坐どりけり   小林一茶
親分と見えて上座に啼く蛙   小林一茶
我を見てにがい顔する蛙かな   小林一茶
蛙なくや始て寝たる人の家   小林一茶
影ぼうし我にとなりし蛙哉   小林一茶
夕不二(富士)に尻を並べてなく蛙   小林一茶
蕗の葉にとんで引つくりかへるかな   小林一茶
天文を心得顔の蛙かな   小林一茶
めいめいに鳴き場を坐とる蛙かな   小林一茶
口あけば五臓の見ゆる蛙かな   作者不詳
(注)江戸時代は広く知られた句であった。
雲低くなるや蛙の声の上   佐久間甘海
鳴き立てて水盛り上がる蛙かな   小森卓郎
よき声の一つまざりし蛙かな   渡辺詩竹
夜にならぬ月の出てをり初蛙   野田半拙
そぼ降るやお歯黒溝(どぶ)に鳴く蛙   新海非風
(注)お歯黒溝は江戸・吉原の廻りにあった溝。
門しめに出て聞(い)て居る蛙かな   正岡子規
夜越えして麓に近き蛙かな   正岡子規
(訳)一夜、山越えして、ようやく蛙の声が聞えてきた。麓が近くなったようだ。
ランプ消して行燈(あんどん)ともすや遠蛙   正岡子規
蛙沈むまま相寄る青みどろ   武田鶯塘
さまざまに恋つくしたる蛙かな   石井露月
草に置いて提灯ともす蛙かな   高浜虚子
(訳)提灯を草に置いて、灯を点けた。近くで蛙が鳴いている。
雨戸たてて遠くなりたる蛙かな   高浜虚子
ふんばつたままで流れる蛙かな   小林李坪
曙は王朝の世の蛙かな   渡辺水巴
山蛙けけらけけらと夜が移る   臼田亜浪
遠蛙星の空より聞えけり   鈴木花蓑
啼き立てて暁近き蛙かな   前田普羅
水させば蛙ゐるなり浅間の田   前田普羅
大原路やころろころろと昼蛙   田中王城
粉を挽けば蛙遠音に答えけり   高田蝶衣
蛙鳴くや我が足冷ゆる古畳   富田木歩
(注)木歩は足が悪く、病気がちだった。古畳の上に寝ていて、足が冷えるのだ。
蛙の目越えて漣(さざなみ)又さざなみ   川端茅舎
子猫ねむしつかみ上げられても眠る   日野草城
いんげんの蔓が出そめて初蛙   長谷川素逝
ねむい子にそとはかはづのなく月夜   長谷川素逝

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