春の夜、春夜(しゅんや)、夜半(よわ)の春

 春の暮、春の宵が更けると春の夜になる。春の一日を季語で追えば、春暁(しゅんぎょう=春の夜明け)、春の朝、春の昼、春の夕、春の宵、春の夜となっており、さらに夜更けを表す「夜半の春」がある。

春の夜や籠り人(ど)ゆかし堂の隅   松尾芭蕉
(訳)春の夜、祈願のため寺に籠る人がいる。堂の隅にいて、奥ゆかしい姿だ。
春の夜は桜に明てしまひけり   松尾芭蕉
春の夜はだれか初瀬の堂籠り   河合曽良
(注)初瀬は奈良県桜井市初瀬(はせ)の古名。長谷寺の門前町。
春の夜の女とはわがむすめかな   宝井其角
春の夜や女をおどす作り事   炭太祇
春の夜や盥(たらい)をこぼす町外れ   与謝蕪村
春の夜や宵あけぼのの其(その)中に   与謝蕪村
(訳)蘇東坡の「春宵一刻値千金」と清少納言の「春は曙」。春の夜はその間に、の意味。
夜の春を伏見の芝居ともしけり   川田田福
はるのよやふしみあたりの片はたご   大伴大江丸
(注)片旅籠(はたご)は、一泊して夕食か朝食のどちらかを食べること。
春の夜や足洗はする奈良泊り   黒柳召波
春の夜を流るる船の鼓(つづみ)かな   吉川五明
春の夜や雨をふくめる須磨の月   松岡青蘿
春の夜の月より明けて天竜寺   加藤暁台
春の夜やぬしなきさまの捨て車   加藤暁台
春の夜や柚(ゆ)を踏みつぶす小板敷   高井几董
(注)柚はゆず(柚子)。
春の夜や連歌満ちたる九条殿   高井几董
(注)九条殿は藤原家から出た九条家。五摂家の一つ。ここで連歌の会が盛んに開かれた。
熊坂に春の夜しらむ薪(たきぎ)かな   高井几董
(注)熊坂は熊坂長範。義経の物語に登場する伝説上の盗賊。
春の夜や活け花落つる枕元   岱青
春の夜や川にはまりし人にあふ   夏目成美
春の夜や喧嘩のあとの小唄節   寺村百池
はるの夜や袂の熨斗(のし)を思ひ出す   岩間乙二
春の夜や瓢(ふくべ)なでても人の来る   小林一茶
春の夜刀預る恋もあり   内藤鳴雪
春の夜やくらがり走る小提灯   正岡子規
春の夜や妻に教はる荻江節   夏目漱石
(注)荻江節は宴会などで歌われる三味線の歌。漱石が夫人に習っているのが面白い。
春の夜に人の枕をかくしけり   松瀬青々
帰り来ぬ猫に春夜の灯を消さず   久保より江
春の夜をうつけしものに火消壷   原石鼎
(注)うつけしは「虚けし」。空虚、気抜け、間抜け。
春の夜や女に飲ます陀羅尼助(だらにすけ)   川端茅舎
(注)陀羅尼助は僧が飲む眠気覚ましの薬。それを女に飲ますということは。
春の夜や寝れば恋しき観世音   川端茅舎
帯とけば足にまつわる春の夜   高橋淡路女
春の夜や帯巻きをへて枕上(まくらがみ)   杉田久女
春の夜のまどゐの中にゐて寂し   杉田久女
春の夜や檸檬(レモン)に触るる鼻の先   日野草城
春の夜の足のぞかせて横座り   日野草城
春の夜のつめたき掌(て)なりかさねおく   長谷川素逝

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