藤、藤の花、藤浪、藤棚、白藤(しらふじ)

 藤は落葉性の蔓性植物。年を経ると蔓が木のように太くなる。源氏物語に「此の花ひとり立ちおくれて、夏に咲きかかる程なん」とあるように、花は初夏まで咲き続けるものもあるが、俳句では晩春の花とされている。大阪の野田に有名な藤があったため、かつて藤の総称とする「野田藤」という語があった。現在ではめったに用いられない。

草臥(くたび)れて宿かる頃や藤の花   松尾芭蕉
風なくてしづか過ぎたり藤の花   杉山杉風
細道に朝から逢ふや藤の花   河合曾良
蓑虫のさがりはじめつ藤の花   向井去来
藤の花さすや茶摘のになひ(荷い)籠   森川許六
水影や鼯(むささび)わたる藤の棚   宝井其角
ぬれつつも藤沈みたる暮の色   斯波園女
胡坐(あぐら)かく岩から下や藤の花   内藤丈草
藤浪の池にただよふ夕日かな   早野巴人
あそびたい心のなりや藤の花   加賀千代女
池のふねに藤こぼるるや此(この)夕べ   炭太祇
しなへ(撓え)よく畳へ置くや藤の花   炭太祇
山もとに米ふむ音や藤の花   与謝蕪村
藤の花あやしき夫婦休けり   与謝蕪村
目に遠くおぼゆる藤の色香かな   与謝蕪村
藤の花雲の梯(かけはし)かかるなり   与謝蕪村
(注)雲の梯は、たなびいた雲。谷間の絶壁などにかかる橋という意味もある。
門に待つ駕(かご)の欠伸(あくび)や藤の花   堀麦水
しら梅や奈良に久しき宮造(つくり)   黒柳召波
(注)久しき宮造は「古い宮造りの建物」。
春夏のおぼつかなさよ藤の花   大島蓼太
(注)おぼつかなさは、どちらともつかない状態。
立ち去ればまだ日は高し藤の花   大島蓼太
山寺や一日藤のかげぼうし   大島蓼太
藤さくや寝ころぶ客の暮るるまで   大島蓼太
物がたり読みさして見る藤の花   加舎白雄
笩(いかだ)くむ夕暮藤の落花かな   加舎白雄
しら藤や月ほのかなる山の児(ちご)   加舎白雄
誰(た)が願ぞ地蔵縛りし藤の花   髙井几董
藤棚の隅から見ゆるお江戸かな   小林一茶
白藤や車つくりが夕ながめ   常世田長翠
(訳)車作りの職人が手を休め、夕暮れの景色をひと眺め。白藤も咲いている。
棚裏をくぐる夕日や藤の花 沼尻可昇
藤の花長うして雨ふらんとす   正岡子規
藤棚や雨に紫末濃(すそご)なる   泉鏡花
(注)末濃(裾濃)は上を淡く、下を濃くする染色法。
人に遠く藤咲きこぼれ二月堂   岡本松浜
庭下駄のぬれて重たし藤の雨   奈倉鶯邱
松杉の暗がり中や藤の花   坂本四方太
低き木に藤咲いてゐる山路哉   河東碧梧桐
海女(あま)とても陸(くが)こそよけれ桃の花   高浜虚子
(訳)桃が咲いているが、海はまだ寒いのだろう。海女も陸にいる方が楽なようだ。
藤咲いて碓氷(うすい)の水の冷たさよ   臼田亜浪
藤浪に雨かぜの夜の匂ひけり   前田普羅
藤たれて佐渡の国中(くになか)うすぐもり   原石鼎
(注)国中は佐渡の中央部にある平野地帯。
雨の藤花こまやかに相寄れる   長谷川春草
窓の藤煌(きらめ)くや殊に妻居ぬ日   中塚一碧楼
藤の花軒ばの苔(こけ)の老いにけり   芥川龍之介
白藤や揺りやみしかばうすみどり   芝不器男
(訳)風が途絶え、白藤が揺れ止んだ。花が周囲の緑色に映えて、薄みどりに見えた。
庭荒れて白藤棚にあふれたり   松本たかし
花乏し藤の紫柔毛(にこげ)たつ   石橋秀野

閉じる